マンガ・ノベルス

ここではマンガや小説系作品のプレビューを中心にお送りします。
なお、このプレビューは編者の独断と偏見に満ちていますので、
気分を害するであろう方はご遠慮下さいませ。

マンガ・火の鳥

ドラゴンクエスト・ダイの大冒険

北斗の拳・リュウ伝

ジガ(人我)

スケバン刑事

各作品レビュー

美味しんぼ(雁屋哲・花咲アキラ)

かつては少年サンデーにおいて男組等で人気を博した雁屋哲氏が満を持して連載した本格的グルメマンガの先駆け的存在である。
東西新聞の記者として自堕落な日々を送る山岡士郎は、ある日新米記者の栗田ゆう子とともに究極のメニューの記事作りを命ぜられる。はじめ乗り気でなかったが、父である海原雄山への対抗心から取材に本腰を入れる。

その海原雄山について、希代の陶芸家にして美食家である彼は家庭を顧みないほど厳格に自らの美を追及し、息子である士郎の反発を買い、以来食の世界をめぐって対立することになる。
その雄山と山岡の料理勝負、端から見れば達人に対する若者の抵抗、しかし事情を知る人から見れば単なる親子ゲンカにしか見えなかったが、その根底はある程度自分の子としてふさわしく鍛えようとした父親としての威厳とわずかな情があって、それを認めがたい山岡の意地と、それを意地で応えた雄山のぶつかり合いとあいなったことだろう。加えて雄山も当初単なる敵役のつもりが時折見せる人格者然あるいは常識人然とした姿が見受けられるのもある程度ご都合主義ともいえるがこれに関しては後程。
やがてライバルの新聞社の企画に乗る形で『至高のメニュー』をひっさげ山岡の前にさらに立ちはだかる。それはひとえに自らの背を追うのみだった山岡を、ある意味対等の相手と認め始めたということだろう。
その後しばしば山岡の究極のメニューを打ち負かしつつお互いの高みを目指したことなのは述べるまでもないだろうけれど。
そのしのぎ合い高め合いに一つの区切りをつけたのはやはり、山岡のパートナー、栗田ゆう子だったのだ。はじめのうちどちらかといえば単なる足手まといの感が強かった彼女。次第に自らの感性と考えを固め、ついには雄山にも意見出来るようにもなる。後に山岡との関係も深まりついには結ばれ、間接的ながらも山岡と雄山の和解にいたる一因ともなった。
その後も親子しのぎ合いながらも食に対する造詣を深めていく、はずであった。

その屈曲点といえるのが、いわゆる東日本大震災が発生してから何かがおかしくなったようだ。最近では健康被害について露骨な表現が問題となっているけれど、これもはた目から見ればグルメ関係とかけ離れているかもしれない。
やはり社会に対する警鐘はいいけれど、これについても公正を期しなければ意味ないし、我を張り続けていざとなれば突っ張り続けられないというのもこれまた滑稽すぎる。
やはり冷徹な物言いになるけれど、グルメ漫画としての美味しんぼはもはや存在価値が薄くなってしまったといえるのではないか、と思わずにはいられない。


とべ!人類(尾瀬あきら)

今でこそ『夏子の酒』など人情的でヒューマンシップな作品をお送りしている尾瀬あきらセンセイの知る人ぞ知るSFマンガなのだけれど。
この作品を一言でいえば、戦乱で滅亡寸前の人類が数人の少年少女にたくした移住計画とその挫折の物語といったところ。
詳しい内容はこの際割愛することとして、ストーリーの骨子である人類移住計画について、非情なようだけれど計画そのものが杜撰だった。まず人員は主人公の少年を含め無作為で選ばれ、そのあとで地球から宇宙の果てに飛ばしっぱなしといったこれもまた無責任というほかは無し。それでもその当時は『十五少年漂流記』みたいなノリで描いたものだろうけれど。これが何故かある程度の人気を博していたので続編も描かれた。
これは未だ旅の途中の中、主人公たちの子孫が別々のグループに分かれて争い合うといったさらに救いようのない展開となってしまい、結果確かに今でも見ちゃいられないといった気持とともにこの後一体どうなっちゃうんだろうといった感想を抱いたこともここに述べたい。


アシュラ(ジョージ秋山)

昭和30〜40年代当時日本の高度成長期の陰でいわゆる反体制派を気取る人々がいて、秋山先生もそれをマンガで表現した作品の一つといったところ。
ストーリーは室町時代、飢餓にあえぐ民衆の中、極限の世界で生き抜いた子供の壮絶な物語である。赤ん坊のころに捨てられ、幼いころから生きるために殺生をも行っていた彼が、母親との確執や、後に師匠たる高僧の教えを受け、最後には仏門を極めんとする。
またストーリー背景上、かなりの残酷な表現からアニメ化は難しいということで、物議をかもしたものだったが。これも冷酷ながらアニメ化する度胸がなかったが、ようやく踏ん切りがついたといったところか。


ああ播磨灘(さだやす圭)

かつてコミックモーニングで連載された、本格的相撲マンガ。
横綱に昇進した播磨灘はその初取り組みの場にて、双葉山の69連勝を越えてみせると公言し、その言葉通り次々と勝ち進んでいくが、その破天荒な言動とパフォーマンスに相撲界内外の多くの人々を巻き込みながら、相撲協会もまた反発しつつも振り回されていく。
結局格式にとらわれて真の強さを失いつつあった協会はひとまずの建て直しを余儀なくされる。まあこれは、強さに傾倒するあまり格式をはじめ相撲の真の魅力の何たるかを求めるべく建て直さんとする最近の協会とある程度似ているとは思うけれど。
やはり日本文化の一つである大相撲、今ある諸問題を根本的に解決して、今再びその勇姿を見せてほしいと思うことが日本人としての心情ではあるまいか。
ちなみに播磨灘の前身も連載された、そちらもある程度楽しめるかもしれない。。


ブラックジャック(手塚治虫)
 言わずと知れた手塚先生の名作で、最近テレビアニメ化したということでかつて連載した少年チャンピオンを始めとする秋田書店では大々的なキャンペーンを行った。
特に
山本賢二氏の漫画はまあ原点回帰を強調したかったのだろうか、BJが結構腹黒く描かれている。これは山賢さんの偽悪的な性格によるものが多いものだろうが、僕としてはちょっと引く。

 かつて宮崎駿カントクが評したと思うが、確かに手塚先生の漫画はある意味人間の死を兇器にしている感があり、特にBJではそれが露骨に表れているように僕も思える。「どうしてこんな所で」という具合に。まあついでに言ってしまえば、やはり手塚マンガらしくファンタジーの要素もやはりちらほらと見受けられる。
 それから今にして思えば、裏世界の医者といった設定も、当時の社会情勢に対する手塚先生のアンチテーゼではないかと思ったりもする。
 それでもBJは後に続く医療マンガの先駆けとなったのは言うまでもない。
 まあそのような当作品だが最近のアニメ版は長男の眞氏が監督を手掛けたことは都度に有名で、当時の作品を現代の医療技術に照らし合わせた作風にと制作され、あと先に問題となったキャラクターの生死に関して意見を加えたことも挙げたい。
 それに際して僭越ながら、アニメ化されなかったエピソードを編者なりに予想はしてみたものだけれども。。

暁!男塾(宮下あきら)
 かつて少年ジャンプで連載し一世を風靡した魁!男塾の続編。とまあ僕が評することが出来るのはここまで。いや、内容としては悪い意味で前作のノリを踏襲しているということで。やはりここ数年来のリメイクブームに乗っかっただけの前作の刷り直しといえばこれも酷なのだろうけれど。

マーズ(横山光輝)

この作品を一口に言うと「偉大なる失敗作」といえるだろう。

あらすじを大まかにいえば、とある孤島に現れた謎の少年が、古代宇宙人の兵器と戦うのだが、実は少年が操るロボットこそ地球を破壊する究極兵器で、敵ロボットも地球破壊のための布石の一つであった。結局は敵を全滅させたはいいが、その敵によって追い詰められた人々の迫害を受け、自らの意志で地球を破壊するという救いのない結末になってしまった。まあ、ある意味そのような無常感が横山先生らしいといえばそうなのだが。
 ところが、それをストーリーボードにしたアニメ作品が創られた。そう、『六神合体ゴッドマーズ』である。とはいえ結局引用されたのは主人公の本名と彼が操るロボットたちの名前などで、あとはほとんどオリジナル。特に双子の兄マーグとの激突は当時の腐女子だったオバサマたちを夢中にしたことは言うまでもないだろう。
 あと原作も2度OVA化され(1回目はコケたけど)それは最後に地球人たちの心を信じて地球を去るという少しばかり救いがあった結末だった。

 まあともかくもこの作品も今はジャイアントロボに1歩譲る形となってしまったが、横山先生のSF作品を語る上で欠かせない1本となったことは言うまでもない。


史記(横山光輝)

 ビッグコミック・スペリオールにて連載された『三国志』『項羽と劉邦』『殷周伝説』に続く古代史を描いた作品、であるのだが、やはり最晩年の作品であるのか流石に全編を書き上げるのには無理があってか要所を押さえた作品構成となっている。
 まあ描かれた時代は周代の春秋、戦国時代、秦の始皇帝の時代、項羽・劉邦の対決、そして前漢・武帝までの時代、あとある程度の人物列伝といった内容であった。
 しかしまあ横山先生がもう少し元気であったならば、まず伝説の三皇五帝の時代から夏王朝のおおまかな説話、周王朝の幽王の寵姫・襃似の逸話やら、蘇秦・張儀の権謀術数合戦やらと、まあ発表されずじまいになったエピソードが少なくないだけにやはりおしい気がするのだが。
 もしもこの作品がアニメ化することになれば光プロさんのお力で先述の原作の補完をしてほしいのが心情なのだが。


まだ、生きてる・・・・・(本宮ひろ志)

 07年初頭にヤングジャンプにて団塊世代をテーマに書き上げた意欲作、のつもりだった。

 大まかなあらすじは、定年を迎えたダメサラリーマン岡田憲三が家族に捨てられて自殺を図ろうと思ったが結局死にきれず山奥で陰棲生活を送る。
途中同じく迷い込んだ女性と生活を共にして一児をもうける。
しかしもともと身体が弱かった岡田はその無理がたたったのか数年後往生してしまう。
 といった話なのだが、ここでも本宮氏お得意のアウトロー的な要素が見えてくる。
結局連載的には1クール(3か月ほど)しか続かなかったが、まあ後になって結構評価が上がってきた感もあるけれど。

 つまりは人間どんな環境でもどんな状況でも生きていくことができるというのがテーマといえばそうなのだが。これも意見が分かれるところ。まあ編者としても窮しても貧せずというまあ極端なケースとして一部受け入れているけれど。とはいえ動物と一緒くだにするのはちょっと、ねえ。
 あと極端といえば機械音痴というのも、つくづくマンガだなあということだろう。でも携帯だけは使えるんだけどね。 

まだ、生きてる・・・・・2

 09年ビジネスジャンプで連載された続編で主人公は憲三の息子岡田正夫。

 あらすじは前作の8年後、派遣社員だった正夫が仕事を失い、派遣会社からも切られ、恋人とも別れ、挙句にやはり家族からも見捨てられる。
 そんな絶望的な状況からふと父親の消息を知り、自分も父と同じ生き方をしてみようと悪戦苦闘、まあ何年かたってやっと自分と父親の夢を一応果たせ、ついでに父が面倒を見た母子、やはり社会にはなじめずに正夫が面倒をみることになったそうな。
 まあ結局前作が打ち切り同然となったこともあって、「捨てる神あればまさに拾う神あり」といった状況での続編だったじゃないでしょうか。
 しかし今の日本人に対するある意味エールだったと思うけど、確かにこっちの方が説得力はあると思うし。本宮センセイもこれこそが言いたかったのだろうから。


天地を喰らう(本宮ひろ志)

 80年代前半にて三国志をベースにした派生作品。後に本宮せんせいの歴史マンガの原点ともいえる作品でもある。
 大まかなあらすじはまず劉備玄徳の少年時代から始まり、幼いころの孔明と一緒に天界にて修業を行い、後に玄徳が先に下界に降りて関羽、張飛と出会い義兄弟の契りを結ぶ。後に黄巾の乱を平定した後、それを陰から操った妖怪どもを孔明とともに退治したがその怨念が各地の群雄に乗り移りやがては新たなる戦乱の火種になるといったところで「俺たちの戦いはこれから」とあいなったそうな。
 まあ結局本編は打ち切りということになったけれども、後にカプコンさんにてのゲーム化され、そこはある程度終盤まで話が進めたのだけれども。まあやはりストーリー的に原作の伝奇色が抑えられ実際の三国志に準拠してしまい、あと玄徳ら蜀陣営が天下を統一するという結果になったのもまた特徴であった。
あとその伝奇的要素がモーニングの『雲に乗る』に活かされ、後の歴史ものとして『赤龍王』『夢幻の如く』そして『猛き黄金の国』の礎となった。


ゲームセンターあらし(すがやみつる)

 ゲームセンターあらしとは小学館コロコロコミック創世記からのマンガ作品で、当時としては珍しいテレビゲームを扱った、いわばゲームマンガ、ゲーマーマンガの草分け的な存在だった。
 その主人公のあらしは決してかっこいい的なヒーローではなく、よくて三枚目、あるいは傷だらけのヒーローともいえる。
 ますストーリー展開的に、一度負けてから猛特訓の末に再戦し勝利を収めるという流れが大半で、数多くの奇想天外な必殺技でゲーム勝負に挑むというとうのも、今でこそあんなレゲーでよくやるなあ、と思う人もおられるだろうけど、当時は結構胸躍ったのもまた事実。
 あと当時の社会情勢〜ゲームセンターが非行の温床となっている等〜において風当たりが強くなった、その影響からか、後期になるほどに新作を扱えなくなったこともあげたい。まあ次第にパソコンやコンシューマーにも幅を広げるも、やはり社会情勢の波には逆らえなかったといったところ。

 しかしながらその想いは後の作品にも多大なる影響を与えたことは否めなく、この作品無くして今日のゲーム文化は存在しなかったといっても過言ではないのだが。


七都市物語(田中芳樹)

 『銀河英雄伝説』『アルスラーン戦記』等と並ぶ近未来を舞台にした戦記物ノベルス。
この作品を語る上での最大のキーワードは「はかばかしい」ということに尽きるだろう。もちろん、田中芳樹先生の作品を考えて良作であるのは間違いないけれども。
 まずははかばかしい世界観から、はじめ突然地球の軸が回転する「大転倒」という異変により、地球全土が甚大な被害を受け、生き残った人々が復興に携わる中、月の住民は防空システムで地球の住民の封じ込めるも、その月の住民は謎の疫病で全滅。かくて残された人々によって、各都市国家ごとに覇権を競っていく。
 そもそもが近未来を舞台にした戦記ものというけれど、ここまで世界観が徹底していれば、はかばかしいと形容もしたくなる、だろう。
それに伴い、人々のばかはがしさがある。各都市国家が戦争を繰り返しているというのは先ほど述べたけれど、関わる人々の心情がまさに欲望むき出しというばかはがしさである。それを象徴しているのが、兵士を戦場に送り続けている中での政府高官らが宴会にうつつを抜かしていることやら、ある開戦のいきさつからの「はかばかしくない開戦理由など存在しない」というくだりやら、これはすなわち開戦はすべてはかばかしい理由からくるものだということだ。
 結局本編は一都市の事実上の脱落でひとまずの終了となったけれど、やはり作者の田中先生が書かなくなったことがやはり痛い。
 そういえば他の作家さんでの関連作品もみんな外伝扱いだし、またOVAでは世界観設定の一つのオリンポスシステムの秘密が伺えるくだりがあったけれど。
 ともかく編者としてもある程度、このはかばかしい世界の帰結をつけてほしいと思うのだが。


ちなつのシュート(青木俊直)

『ちなつのシュート』とは、92、3年ごろに“ウゴウゴルーガ”という番組のテレビコミックのコーナーとして人気を博していた。
ストーリーは主人公のちなつがふとしたことで出会った花園中学の西園寺さゆりに触発され始めたサッカーを通じて成長していくというものだけど、結構ライトなコミカルタッチが幼心に惹き付けられたものだった。
 それにただのコミカルにとどまらず、ライバルの必殺シュートが炸裂する等の結構ハードに進むと思いきや、対するちなつもお調子なノリで切り抜けるという、ある程度娯楽性も高いことも評価の一つかなと思うけれど。
 ともかくも、その放映したのが好評だったか、後に成長してサッカー選手となったちなつたちが、ワールドカップに挑んでいくというコミックが描かれたのは記憶に新しいところ。

 ともかくも先のなでしこジャパンのワールドカップ優勝、その一助、になったかなと思えば、ある意味微笑ましいものではないだろうか。


ヒストリエ(岩明均)

 古代マケドニア、アレキサンダー大王に仕えた武将エウメネスの半生を描いた歴史作品。
かつては寄生獣で読者の度肝を抜きその後も重厚なストーリーを繰り広げた岩明氏の意欲作でもある。
 流浪の民の一子としと生を受け、古代都市カルディアの名家に引き取られて幼少期を送るも、家の没落とともに奴隷として売られ、様々な苦難や流浪の末にマケドニア王フィリッボスに召し抱えられる。といった大まかなストーリーで。
 当作は古代ギリシャ、ヘレニズム時代が舞台だが、登場するキャラは今時の若者のセリフ回しに近く、ある程度のライトな作風にもなっている。


極悪の華・ジャギ外伝(ヒロモト森一)

 言わずと知れた『北斗の拳』のスピンオフ作品の一つ。今でこそ悪役の一人として数えられるジャギの幼少期から伝承者争いに敗れるまでのストーリーを描いた野心作でもある。
 ジャギといえば北斗四兄弟の三男であり、その伝承者争いに敗れて後、徒党を組んで暴虐の限りをつくすもついには末弟ケンシロウによって討伐される。というのが原作のストーリーだったが。
 本作冒頭の暴虐シーンと醜く歪んだ素顔など、ある意味彼の象徴と対照しての彼の生きざま。ことに挫折の直因となった恋人の死もあったけど、結局以前からの指摘どおり、なるべくして悪人になったといったところで、まあ見る人によってはある意味哀愁を漂わせる感もあることはあるけれど。