ドラゴンクエスト・ダイの大冒険

レビュー・概要

90年代ジャンプの名作『ドラゴンクエスト・ダイの大冒険』といえば、タイトル通りにドラクエから題材を得た作品で、魔王が倒され平和が戻った世界に再び魔王復活の危機が迫り、とある孤島で育った少年ダイが、ある日勇者の手ほどきを受け、新たによみがえった魔王に立ち向かうといったストーリーである。
このダイもジャンプマンガの定番通りに、一旦敵として戦った相手も後に仲間になるといったシチュエーションが見られ、ことに後述の竜騎将バランや宿敵である魔軍司令ハドラーも直属の部下たるラーハルトとヒムが代わりとなす形をとったものだった。
そんなダイも編者としても胸躍ったものがあったけれど、心残りだったのは、そのバランとのエピソードだった。かつて最愛の妻を失い、その悲しみを大魔王に付け込まれ人間を滅ぼすべく牙を向く。後に息子のダイノを引き入れんと、最後は魔物となって宿命的な闘いにもつれ込む。これはドラクエⅣのデスピサロのエピソードのオマージュだろうけど、編者的にはダイの師であるかつての勇者アバンとの邂逅のエピソードがあって然るべきじゃないかとは思ったのだった。
ともあれ、このダイもゲームマンガの一つとしても、純粋な冒険譚としても日本の漫画史に残る名作と謳われるものだろう。

スピンオフ小説・バランとアバン 若き竜と勇者

序章

死力を尽くした戦いだった。竜の騎士の真の姿ともいえる竜魔人、否、邪悪の化身と化した父バランとの死闘は、自らの剣とヒュンケルの魔剣を失いつつ、己の気を叩きつけてひとまず倒すことができた。
そして、未だ倒れたままのダイに人間の姿に戻ったバランが近づいてくる。
「見事だ、我が息子、ダイノよ、しかし・・・・・」
「まだ、やるのか・・・・・」
「強がるな、ダイノよ。もはや戦う力は残ってはおるまい。お前も、そしてこのわたしも・・・・・」
バランは立ち上がろうとするダイを強い言葉で制する。しかしそれには人としての温かみを感じた。それからダイたちに背を向けて去ろうとする。
「もうお前を連れ帰ることはしない。お前はお前自身の路を進むがいい」
「これからどうするのだ、バラン?」
代わりに問うたヒュンケルにバランは応える。
「もはや魔王のもとへは戻るつもりはない」
その言葉に思わずダイも言葉をかけようとする。
「そうなのか、だったら・・・・・」
「言うな、息子よ、今更ながら自らの生き方は変えられぬ。すでにわたしの手は多くの血で穢れきっている」
「そんな、そんなことって・・・・・」
ダイは言葉を止めた。バランは倒れたポップを足元に立っていたのだ。
「・・・何を、するんだ・・・・・?」
バランは何も応えず、倒れたポップの真上に自らの拳を据え心の中で語り掛ける。

「そうだ、わたしの手は血で穢れきっている。だが、こんな穢れた血でも、役に立つことが、できるだろうか、アバン・・・我が友よ・・・・・」

それは、遠き日の記憶、岩場の上に立った一人の少年が、通りすがりのもう一人の少年を待ち構えていた。
「・・・貴様、強そうだな・・・・・」
「えーと、あなたは誰ですか・・・・・」
「俺は竜の子バラン。ここを通りたくばこの俺と戦え!」

第1話:バランの旅立ち

竜の騎士バラン、彼が後の勇者アバンと出会う前に、彼の生い立ちを語らねばならない。
それは40数年前、とある乙女がその身を水底に沈めていた。その泉の噂はささやかだが近隣の村々に出回った。そこにある旅人がその噂を聞きつけその泉に足を踏み入れたのだ。
「その泉に裸の女が眠っているってのは本当か」
「ああ、それはとびきりの美人だっていうぜ」
と、その泉の底にはたしかに美女が一人眠っていた。それはこの世のものとは思えないほどの美しさだったのだ。
しかし、次の瞬間一頭の生白い竜の姿が現れた。
「・・・立ち去りなさい、人の子よ、この地にはそなたたちが求める宝はありません・・・・・」
穏やかながら厳かな竜の言葉に、旅人は恐れおののき去っていく。その後幾度か泉を訪れる者が来るたびその竜が追い返し、いつしか、竜の洞窟と怖れられるようになった。
数年後、その泉に眠っていた乙女が目を覚まして泉から出たかと思えば、あの生白い竜に姿を変えた。否、その竜こそが乙女の姿に化身したその正体だったのだ。
竜は軽いはばたきとともに洞窟から山の頂上へと姿を現し、天高く舞い上がっていく。
そしてその山からやや離れた森の山小屋に降り立った。そこには木こりを生業とした一人暮らしの男が住んでいた。
小屋に降り立った竜に仰天した木こりに竜は語り掛ける。
「人の子よ、この地で最も澄んだ心を持つ者よ、貴方を頼り、この子を託します・・・・・」
と、胸がとある紋章の形に光ったかと思えば、そこから一人の赤ん坊が現れる。そして口から一振りの剣を吐き出していく。
「この子は世の均衡を護る竜の騎士となるでしょう、どうか、この子をよき路に導いて下さい・・・・・」
あっけに取られつつ、木こりはその子を抱き、竜は飛び立っていく。「その子に、神の祝福を・・・・・」との言葉とともに。
後にこの竜が“竜の騎士”を生み出す“聖母竜(マザードラゴン)”の称号をうけた竜と分かるのは後のことである。

ともかくも木こりはその竜を神の使いと信じ、託された赤ん坊を「世に均衡をもたらす者」という意味をくんで“バラン”と名付け、大切に育てるのだった。

そんなバランが14歳になった頃、その木こりは病に倒れる。
「何だって、俺がその竜の子、なのか・・・・!?
木こりは、かつて自分が赤子を贈られたいきさつをバランに語る。
「お前は、神様のお使いかもしれない、最近は魔物の群れが増えている。もしかして魔王とやらがこの世にあらわれたのかもしれない、それを倒すために・・・・・」
「・・・父さん、もうしゃべらないで・・・・・」
「いや、もう一つ、お前に渡したいものがある。裏の納戸にしまい込んだ、一振りの剣。お前なら、使いこなせる、だろう・・・・・」
バランに介抱されつつ、木こりは再びベッドに横たえる。
「・・・それから、最後・・・竜は、偉大な生き物だが、所詮は、獣だ。決して、獣の道に、陥るな・・・・・」
言い終えた後、木こりはすべてを言い終えたかの如く、数日後、静かに息を引き取った。
後日バランは木こりを小屋の片隅に葬った後、納戸に封じられた一振りの剣、これこそあの生白い竜から渡された、竜の騎士の剣『真魔剛竜剣』だったのだ。その剣を肩に、バランは木こりの墓に語り掛ける。
「俺は行くよ、父さん。旅の中で、俺がなすべきことを見出すために」
こうして竜の騎士、世に均衡をもたらす者たるバランはその偉大なる一歩を踏み出すのだった。

第2話:アバンとの出会い

養父の弔いを済ませ旅立ったバランは、初め強そうな魔物を倒したり、腕の覚えのある武術道場で腕を試したが、自分の強さゆえ、なかなかに手ごたえを感じることができなかった。
そこで通行の要所たる峠の森にて居を構え、強そうな旅人や冒険家に戦いを挑んでは打ち負かしてきた。とはいえ通りすがり襲い掛かってくる魔物は切り伏せたが、冒険家たちは多少打ちのめした後で通してやり、初めから賄賂を渡さんとする商人は体よく追い払ったりと。半ば悶々とその日を暮らしてきた。もちろん、背に備えた真魔剛竜剣はそのまま抜かずにいたのだが。
そんな中での今回の若者、アバンとバランの出会いだったが。

「俺は竜の子バラン。ここを通りたくばこの俺と戦え!」
しかしその若者、アバンはそのまま通り過ぎていく。
「・・・おいちょっと待て、お前も戦士だろ、俺と戦う気はないのか」
その言葉に気付き、アバンは振り返る。
「いえ、僕はそういうのに興味がなくて」
その屈託のない表情に、バランも何かを感じ取る。
「・・・変な奴だな、お前・・・・・」
「はい、いつもそう呼ばれます」
それからバランは、しばらく考え込んだ後、何か踏ん切りをつけた。
「よし、こんなところでくすぶってて、退屈してたところだ、ひとまずお前の旅に付き合ってやろう」
「そうですか、いや実は一人で心細かったんです。あなたのような強い人がいてくれれば心強い」
「はっは、やはりヘンな奴だな。お前」
こうして竜の子バランと、後の勇者アバンとのしばしの旅の仲間が結成されたのだった。
しかし、その様を傍らで見やっていた一つの影、世界の均衡を護る竜の騎士の到来を察知しその行方を探し当て、今まさに何やらを企まんとした。その魔族の賢者、魔界導師ザボエラは配下の魔道士に命じ、一計を講じるのであった。
一方でとある一軒家、武器の鍛錬にいそしむ鍛冶屋の傍らで家事にいそしむ一人の女性が住んでいた。しかし彼女は普通の人間ではなく、魔族・現在で言うダークエルフの血を引いていた。そして別の部屋では、その二人の間の子である赤ん坊がすやすやと寝息を立てていた。
そんな幸せな家庭に、今まさに不穏の影が覆わんとしていた。

第3話:魔界導師の陰謀

旅を続けるアバンとバラン。先に村の一軒家を見かけ、今宵の宿をと持ちかけるアバンに、バランも幼き日を思い出し快諾する。
しかし近付いてみれば血の匂いが、駆け付けた先、一軒家の中には血まみれの若者が倒れていた。息も絶え絶えの若者が言うには、山を越えてのエルフの里からの刺客によって妻を奪い返され自分もこうなったという。自分たちはいいから子供のことを頼むと告げ若者は息を引き取る。
同じく籠の中から赤ん坊の泣き声が聞こえ、そこにはたしかに赤ん坊が隠されていた。

若者を葬り、あやした末にようやく眠りこけた赤ん坊、どこか人間とは違うその子を抱き上げ少し戸惑うアバンに対し、義憤にかられたバランは赤ん坊そっちのけで森の奥へと突っ走る。
アバンが気になるが赤ん坊も放ってはおけず、ひとまず赤ん坊とともにルーラの呪文でいずこかへと飛び去っていく。
一方バランの方は森を駆け抜け山の峠に差し掛かって一匹のスライムが隠れ里の行き先を示す。スライムの邪気を感じ訝るバランだったが、罠なら切り抜けるのみと指し示した方へと突っ走る。
バランの単純さにあきれつつ、その気迫に畏れるスライムは、一人の老魔族へと正体を現す。彼こそが魔界一の策士、魔界導師ザボエラだったのだ。
「古来より天、魔、人の三界の驚異を排しきた竜の騎士。その反面多くの争乱をも呼び起こした。あの若造がまさに“均衡”を名乗らんが、あ奴のもう一つの相にはあれはうってつけじゃて」
彼は竜の騎士たるバランの実力を推し量るためにエルフの里を動かすなど一連の事件を裏で引き起こし、隠れ里での最後の糸を今まさにかけんとしていた。
ともかくもエルフの隠れ里に潜入したバラン。小さいながらも荘厳な宮殿を目指し、見張りの兵の監視の目をかいくぐり、ひとまず宮殿の一室にたどり着く。
そこには一人のエルフの女性がたたずんでいた。
その女性はまずこの場を去るようバランに促すが、事情を知っているバランは彼女を子供のもとに会わせると告げる。それを聞いた彼女は、自分のいきさつを話す。
彼女はかつて隠れ里に迷い込んだ鍛冶屋の若者と出会い、彼を送り返すついで外の世界を知りたいと前々から思っていて、そのまま駆け落ちしてしまう。やがて彼との間に一人の息子をもうけ幸せに暮らしていた矢先に、この悲劇に見舞われたのだ。
ともかくも連れ出そうとするバランに自分はもう里から離れられないと一旦は拒絶する彼女だが、子供には母親が必要だと諭され、ようやく承諾をするのだった。
しかし部屋を出た矢先、見張りのエルフの兵と出くわした。これが一つの悲劇の始まりとなるのだった。

第4話:覚醒、竜魔人

カール王都郊外の教会孤児院そこは戦乱で親を失った子供たちを育成し、一人前の人材を育てるために設けられた施設である。
そこの院長である恰幅のいい亜人の女性のもと、赤子を抱いたアバンが訪れた。
アバンは院長先生にこの赤子ラーハルトを一時預かってほしいと頼み込む。
院長も魔族の子かと一時訝るも、もともと人種を問わず子供たちが引き取られていることもあり、ひとまず承諾する。
赤子を預かった院長先生は、あと王女に会わないかと持ち掛けるもアバンは急ぎの用があると言って、ルーラでこの場を離れる。半ばあきれつつも安堵の表情で見送る院長先生だが、その物陰を一匹のハエの魔物が隠れてのぞき込んでいた。
一方闇エルフの里、バランは件の女性を連れ、追っ手を退けつつ館を脱せんとした。
次々と兵士をなぎ倒すバラン、しかしさすがに血を流すことははばかられたか、本気を出すことなく気を失わせてぶっ飛ばすのみだった。
やがて館を出ようとした先には、数人の目付きの鋭い兵士を従えた身なりの貴そうな男が待ち構えていた。
「・・・兄上・・・・・」
「貴様、我が妹をどこへ連れていくつもりだ」
「決まってる、この人の子供と引き合わせるんだ。しかし」
脇の兵士たちに対する彼女の嫌悪の目に気付いてか、バランは「失礼」と彼女から離れ、踏み込むや否や、脇の兵士を一瞬のうちに斬り倒していった。おそらく彼女の夫に手をかけたのは彼らだったろう。
バランは彼女のもとに戻り、動揺する彼女をできるだけ優しく語りかける。
「あ、ああ・・・・・」
「悪いが仇は討たせてもらった」
そして真ん中の男、里の長に向き直る
「お前たちの掟が何か分からぬが、これも人としてのけじめということだ。道を開けろ、お前もこいつらのようになりたいか」
「くっ、な、なめるな!」
なかば自暴自棄で長はバランに飛びかかる。当然ながらバランの技量の敵ではなかった。しかしその剣筋には多少の誇りはあった。その誇りごと長の剣を受け止めて押し返す。なおもかかっては押し返すを繰り返すうちに、バランの心も高揚を覚える。しかし彼女にはそんなバランに何を感じ入るのか。
やがては長の体力が尽きようとし、バランも勝負がついたと感じ取る。
「そこまで、だな・・・・・」
バランは剣を構えて長めがけて突き進む。その時だった。
「・・・・・!」
なんとバランの剣を自らの体を挺して受け止めた。呆然と立ち尽くす長に対し、剣を引き抱き止めるバランだが。
そもそもバランを長を討ち取るつもりはなく、寸止めの末でまかり通るつもりだった。しかし彼女が割り込みんだ間合いから、その身を貫いてしまったのだ。
彼女は長に向かい言を振り絞って呼び掛ける。
「も、もう、戦いを、やめて、下さい。私は、ともかく、兄上まで、倒れる、なんて・・・・・」
続いてバランにも向き直り言を重ねる。
「どうか、勇者さま、私の、子を、ラーハルトを・・・・・」
そしてそのまま彼女はバランの胸のなかで息を引き取る。しかしその様を長は吐き捨てるように言う。
「最後の最後まで余計なことを、ましてや下賤な人間の子までも生むなど、いずれこれには我ら高貴なるエルフの名を名乗る資格はなかったのだ」
「・・・・・!」
長の非情な言に、バランの中に何かが弾け飛んだ。
「・・・き、貴様は、いったい、何なんだあぁぁぁぁ!!
バランの額に何やらの紋章が浮かび上がる。そして辺り一面が光に包まれてしまった。

アバンがルーラで着いた先、件の森の辺りから巨大な炎の球が巻き起こった。アバンは急ぎその場に向かったが、
「これは、一体どういうことですか・・・・・」
そこは一面の焼け野原だった。焼け焦げた樹がまばらに立っているだけの灰と煤のみのその地で、その真ん中に立っているもの。その一体の魔物、否それこそがアバンも見知っている男が化身した姿だった。
「バラン、本当にバランなんですか・・・・・」
それは竜にしては幼く、魔物にしては純粋で、人にしてはあまりにもまがまかしい。アバンも薄々と感じていた、竜の子と嘯く彼の言に、あの伝説の竜の騎士の存在を。
それがこの時になって彼の姿、伝説の魔獣、竜魔人~ドラゴニックデーモンを目の当たりにして確信するとは。
さしものアバンも竜魔人と化したバランにただ剣を構えるだけでしばらくは動けない。
「バラン、僕です、アバンです」
しかしバランはただ唸りを上げて睨むだけだった。
「ゴ、ゴ、コロス、コワス、スベテヲ・・・・・!」
そんな中、アバンの脳裏にいくらかの思念が流れてくる。
「あ、ああ、恐ろしい、あの光、あの炎に滅せられてもなお、焦がされる感覚が、いっそわたしを消させてくれ・・・・・」
アバンには預かり知らぬが闇エルフの族長の思念が、
「嗚呼、お願いです、あの人の怒りを、誰か鎮めて、下さい。私が呼び寄せた災厄を、誰が鎮めて下さい・・・・・」
おそらく赤子ラーハルトの母親だろう女性の思念がアバンに響く。
「こういうことになるなんて、でもこれは、僕がやらなければ、いけない!」
アバンは意を決し、竜魔人バラン、己が友たる竜の子バランに敢然と立ち向かうのだった。

最終話:竜と、人と

どれだけの時が流れ、どれほどの死闘が繰り広げられたことだろうか。
「俺は、一体、どうなったんだ・・・・・」
気がつけば、自分は満身創痍で大の字に倒れていた。しかも周りは一面の焼け野原、そして隣にはアバンが手負いで座り込んでいるではないか。
「ア、アバン、俺は、いったい・・・・・?」
「ああ、バラン、気が付いたんですね、よかった」
力ない笑顔でアバンは応える。呆然としつつもバランはこれまでの経緯を思い返し、今の状況を推し測る。その上で養父のいまわの言葉を思い出す。
「竜は偉大な生き物だが所詮は獣、決して獣には陥るな」
そしてバランは後悔とともに言葉を絞り出す。
「俺は、なんていうことを、俺は、獣となって、この森を、滅ぼしたのか」
「バラン・・・・・」
「何が、竜の騎士だ、何が、世界の均衡だ、所詮俺は、獣以下の存在だ。俺を殺せ、そうすれば、世界の均衡など・・・・・!」
バランは天を仰ぎあえぐのみであったが、
「・・・逃げては、だめです!!
アバンも言葉を振り絞り叫び掛ける。
「あなたは、自分の怒りに呑まれるほど、弱い人ではありません。僕にとっては、あなたもまた、目指すべき勇者の一人なのですから」
まさか魔物と化した自分をこれほどまでに信じているとは。そして信じているからこそ、自分を止められたのだと、バランはあらためて確信した。
「アバン、お前・・・・・」
そして気持ちを振り絞っての笑顔で、アバンは告げる。
「傷が癒えてのち、いつかまた、ともに世界のために戦いましょう」
その言葉を胸に刻み込みつつバランは意識を失う。
そして目が覚めると、そこにはアバンの姿はなかった。
しばらくしてバランもこの地を後に、またあてどもない旅を続けるのだった。

しかしその様を遠目から見守った者がいた。事件を陰で糸を引いた妖魔司教ザボエラであった。
「竜は、鎮まったか。恐るべきは竜魔人、己ですら抑えつけられぬ獣相手では、さしもの我らとて」
しかしザボエラの背後に現れる一つの影が現れる。
「今は案ずるに及ばぬ。魔界が統一されるまでは時間はある。その前に竜界を統べるものが乗り出すだろう」
「何、お主は、いや、竜界といえばあのヴェルザーか」
ザボエラが振り向くとその影はいつのまにか消えていた。
「まあ、いずれにしても、我らは待つのみか」
やがてザボエラも去っていくのだった。

その魔界では、とある魔族の闘士が最後の強敵と死闘を繰り広げていた。
「お前で最後か、お前に勝てば晴れて魔王の称号を得られるか、それも悪くはない」
その魔族の闘士、ハドラーは不敵に魔物に立ち向かうのだった。

月日は流れ、バランも心身ともに成長して竜界最強の存在と対峙する。
「アバンよ、お前との誓いは守れそうにないやもしれぬ、だが竜には竜との戦いがお似合いだ」
その漆黒の竜、冥竜王ヴェルザーはバランに立ちはだかり告げる。
「我と対するに全力を尽くさぬか、竜の騎士よ」
「全力は尽くすさ。だが俺は、人としてお前に対する。それが俺の、竜の騎士としての誇りだからだ」
そしてバランは最強の竜に挑むのだった。

エピローグ

そして回想から戻り、バランは倒れたポップを足下に、突き出した拳を掲げる。そしてかつての友を想い、独語する。
「アバンよ、許せ、俺は、お前との約束を忘れて、獣に堕してしまった。それも自らの意思で。もはや俺には竜の騎士たる資格はなくなった。しかしただ死を待つも誇りが許さぬ。だがその前に・・・・・」
やがてヒュンケルが言葉をかける。
「どうするのだ、もはやザオラルも利かぬというのに」
「・・・呪文ではこの少年は蘇らぬ。わずかながら塩を送らせてもらおう」
と、拳を握りしめ、喰い込ませた爪からしたたり落ちる血をポップの口に含ませる。
「この少年は人としての生をわたしに見せてくれた、これはその生に対する命の褒美だ。もっともその血を受けられるか否かは、この少年次第だが、あの呪文が少年の意志ならば、間違いなかろう」
そしてポップからも離れ、背を向けて去ろうとしつつダイに告げる。
「いずれにせよ、わたしは再びお前たちの前に立つだろう。その時は全力でかかってくるがいい。さらばだ、ダイノ、我が息子よ、勇者は常に強くあれ・・・・・」
バランは“ルーラ”を唱え、ついにはこの場を去る。ダイはその姿をいつまでも見守っていた。
「父さん・・・・・」
その一方で今までの戦いを見守っていた者たちもある言葉とともに去っていく。
「竜は、去ったか・・・・・」
竜の父子の戦いはひとまず終わった、しかし勇者ダイと魔王との戦いはこれから始まるのだった。