スーパー戦隊レビュー(その1)

秘密戦隊ゴレンジャー(1975)
記念すべきスーパー戦隊の第1作というべき作品で、世界征服をたくらむ謎の組織黒十字軍に立ち向かうべく選ばれた5人の戦士。その各色ごとの戦闘服にマスクのゴーグル部分から武器を取り出して敵の戦闘員をなぎ倒していく。
その敵の組織たる黒十字軍、まず主力は「~仮面」と呼ばれる怪人たちで、ネーミングパターンの確立がこの辺からなされ、後の戦隊シリーズと一部の仮面ライダーシリーズのある意味伝統の一つともなった。もう一つの特徴としては仮面ライダーの怪人は動物の能力を植え付けたサイボーグといった意味合いだったのに対し戦隊シリーズのそれはシリーズごとに違えど「兵器としての怪人やモンスター」といった意味合いを強調しているのも今後の影響といったところで。
次に首領たる黒十字総統ははじめ白いフードを纏った謎の男で、途中フードを取って巨大な十字のマスクを着けた怪人に変貌。最期首が外れて巨大な要塞へと変わるかなりぶっ飛んだ存在だった。
その総統もはじめは直接仮面怪人に指令を与えていたが、後に各地から呼び寄せた幹部級怪人に指揮を任せるようになった。これは仮面ライダーの幹部たちと同じようなものだろうけれど。
そういえは中盤あたりで話中に流れたなぞなぞ遊びもあって、当時の子供たちの心をつかんだ要素の一つとなったとか。
そして忘れちゃいけないのが最後の必殺技「ゴレンジャーストーム」(後期はハリケーン)、これは一人のボールを5人で蹴り続け最後のアカレンジャーが怪人めがけて蹴り飛ばし、ぶつけて倒すという荒業(?)だった。でも後に色々なギミックに変化させ怪人を倒していくようになり、これがギャグ要素にもなったが、見返せば味にもなっていたと思う人もおられるとか。
そして最後、戦隊メンバーの名前に大いなる秘密があった、というのも挙げたい。

ジャッカー電撃隊(1977)
先のゴレンジャーに続くスーパー戦隊シリーズの第2弾ということで、武装犯罪組織クライムから世界の平和を守るべく結成された戦隊チームである。
メンバーのスペードのA(エース)、ダイヤのジャック、ハートのクイーン、クラブのキング、あとジョーカーは司令官ということで、トランプをモチーフとした編成となっているが、彼ら自身がサイボーグ戦士という仮面ライダー(クウガ以前)、009などにみられる石ノ森先生特有の重苦しいイメージが先行した感もあった。
また変身のプロセスもわざわざ基地に戻ってエネルギーカプセルに入りエネルギーを補給しないといけないという面倒くささもその重さを重ねているが、これも石ノ森先生の味ともいえるかもしれない。
次に組織クライムについて、当初は兵器ロボットに一体ずつお目付け役の幹部(しかも使い捨て)が付くというという贅沢な仕様だった。それが中期あたりからいわゆるロボットタイプからいわゆる怪人タイプ、後期の幹部級怪人へと徐々に移行していったが。
そして後期については人気の低迷に対処してか、新しい主役として宮内洋氏扮する番場壮吉ことビッグ1を投入した、今にして思えば大味だったかなと思いつつ楽しめたとも聞いているけれど。そんなビッグ1が繰り出す必殺技で強化改造した幹部怪人を撃破していくのだが、はじめはただ大砲をぶっ放すだけだったが、のちに先のゴレンジャーストームよろしくさまざまなギミックで怪人を倒していく。結局は最後までギャグ要素でしめたかなといったところ。やはり先述のサイボーグの要素を和らげるのと人気低迷のてこ入れの要素もあるのだけれど。ともかくもこの体制で無難に話を進めていき、後のバトルフィーバーに連なったのをここにあげておきたい。

バトルフィーバーJ(1979)
お次のバトルフィーバーJは東映さんが直接製作にあたった記念すべき第一作である。そのせいか、永らくゴレンジャー、ジャッカーがカウントされなかったいきさつがあったけれど。その前二作の戦隊対怪人に加えて巨大ロボット戦の二弾構えのパターンはここから確立されたのだ。メンバーの造形は往年のアメコミヒーローと世界各国の舞踏をモチーフにした、つもりだったのだけど。まあアメコミに関してはその前にスパイダーマンを東映さんで制作したことも影響をするのだけれども。
敵組織は古代より伝わる呪術等を現代のテクノロジーと組み合わせて世界征服を企む秘密結社エゴス。その主力は謎の生体ユニットから生み出された怪人と同形の兄弟ロボットといった設定で、その巨大怪人を戦隊のロボットで一刀両断で斬り倒すというフィニッシュも永らく親しまれた。これも東映版スパイダーマンの巨大ロボット・レオパルドンと巨大化した怪人との戦闘がもとになっているのだけど。つまりまあはじめのうちはこれで楽しめたかといったところで。
あとヒーロー物の特徴から素の俳優さんにもアクションを要求する場面もあり、それに無理があったのか、ミスアメリカやバトルコサックなどのメンバー交代やら敵の幹部までも潮健磁氏から石橋雅史氏へと交代してしまうというハプニングもあったが、ともかく本当の意味でのスーパー戦隊シリーズの礎となったのはいうまでもない。

電子戦隊デンジマン(1980)
続いてのデンジマン、この作品はある意味ゴレンジャータイプに落ち着き、以後のシリーズの基本となった。
地球を訪れたデンジ星のアンドロイド犬アイシーの導きによってえらばれたメンバーが後述のベーダー一族と戦いを繰り広げる。その中でも先のバトルフィーバーに引き続きバトルケニア役の大葉健二氏がデンジブルーとして登場する。それ以降大葉氏は宇宙刑事ギャバンをはじめ数々のアクションドラマにも登場する。
敵は人間の負の感情を糧に地球制服を企む異次元のベーダー一族。首領は曽我町子女史扮するヘドリアン女王、主力のベーダー怪物は登場順に番号のバックルがついていたのが特徴だった。
これも(東映版)スパイダーマンの影響からか、一旦戦隊の必殺技を受けてから巨大化し、その後で巨大ロボで迎え撃つものだった。これは後々批判の種にもなるがひとまずの定着となる。

太陽戦隊サンバルカン(1981)
その次のサンバルカンはデンジマンの続編という形を取っていたが別段連続性があったというわけではなかった。ただ今や特撮作品にて伝説の存在となっている岸田森氏と曽我女史の共演は特筆すべきものだろうし、どこかデンジマンの設定をちらほらとあらわれていたのも見逃せない要素でもあった。
メンバーは空(イーグル)、海(シャーク)、陸(パンサー)の動物をモチーフとした3人で構成された。これは当時を鑑みてアクマイザー3や超神ビビューンを意識した設定でもあるが、その3人のメンバーなのはおそらく今作だけなのも特徴的だった。
敵は機械帝国ブラックマグマ。宇宙から来襲した機械で構成された疑似生命体のサイボーグ軍団で、主力はサイボーグ生物兵器の機械生命体である。それに先述のヘドリアン女王が客分幹部となり、ある意味組織に華を添えた感さえもある。
これもまたゴレンジャーの影響をモロに受けた作品でもあり、戦隊戦のフィニッシュたるバルカンボールもやはり後期になって様々なギミックに変化して結局ギャグ要素にもなったとか。
あと中後期から女王と同じベーダー一族出身のアマゾンキラーやそのライバル的存在たるイナズマギンガーやらの強敵も参入したことも、おそらくはキカイダーを意識したかもしれない。

大戦隊ゴーグルファイブ(1982)
ゴーグルV(ファイブ)についてはあるある程度の試行錯誤が現れて多少は迷走した作品かもしれない。
メンバーのゴーグルファイブは前々作のデンジマンを踏襲した、というか基本に立ち戻ったキャラクターとなっていた。
特徴としては人類の歴史を作った古代文明にあやかっての象徴が込められ、アシスタントのオペレーター役の子供たちがアシストをしてくれたのも味となっていた。
特に戦隊戦において当時脚光を浴び始めた新体操の器具を各々の武器として使用したのも結構受けが良かった。
対する敵は人類の文明の裏で暗躍し、悪の科学で世界を脅かす暗黒科学帝国デスダーク。はじめ主力の生物兵器たる合成怪獣と数種類かの機動兵器の巨大ゴングロボットで攻めるつもりだったが、なぜか5話目からゴングロボットが合成怪獣と同じになったり、直属の科学者を排除し武闘派のデスマルク大元帥を起用したりと、悪役としては始めキャラが立たなかったようだなという感がする。それでも話としては結構なバラエティに富んでいてひとまずの娯楽活劇の感さえあったかもしれない。

科学戦隊ダイナマン(1983)
この作品は今までのアクションはともかく、派手な爆発を織り交ぜた殺陣がウリの作品だった。
そのダイナマンは表向きは発明家集団ということで、科学力を正しい方向に教える役目を負っていて。それが戦いの方向性ともなっていた。
そういえばダイナブラックは先のゴーグルブラックと同じ春田純一氏が受け持ち。ちなみにダイナピンク役の萩原佐代子女史も後の作品で敵組織の幹部役で再登場していますが。
敵は有尾人帝国ジャシンカ、地球の生命体とは違った進化形態の種族で、生物兵器を用いて世界征服をもくろみ攻めてくる地底人組織である。
首領は9本のシッポを持つ帝王アトンだが、終盤の陰謀によって命を落とし、中盤で失脚していた息子のメギド王子が取って代わり作中のラストボスとなった。つまりは首領すなわちラストボスという概念を崩したことも話の巾を拡げたことになったかなと。加えて帝国のヒエラルギーに関わるシッポの数は実は寿命の現れだったというのはウンチクということで。
敵主力の進化獣は生物を進化調整した生物兵器であり、それに続くメカシンカは進化獣をベースに機械兵器を合成した生物サイボーグ兵器である。そのメカシンカ、進化獣より耐久性がアップした反面、自力で巨大化出来ないという弱点がある。
ともかくもこの作品は結構痛快な出来となったことは間違いないとは思うけれど。

超電子バイオマン(1984)
超電子バイオマン、ここでメンバーが女性2人となった最初の作品となった。
遥かな昔に宇宙の生命エネルギーの一つであるバイオ粒子を帯びた者たちの子孫が粒子に導かれ地球を襲う脅威に立ちむかうべく立ち上がったといったところで。
そのバイオマンも途中メンバー交代があり、そのいきさつが後のバイオハンター・シルバとの対決にいかされたけれど。
敵の組織は新帝国ギア、戦闘アンドロイドと巨大ロボットを擁して世界征服(後に打倒バイオマンと徐々に移っていく)の野望をもって、先述の地球の脅威として立ちはだかる。
主力は戦隊戦のアンドロイド怪人であるジューノイドと巨大ロボット戦のメカジャイガンであるが、まずメカジャイガンが各話ごとの機体が登場しているが、ジューノイドは各話の戦隊戦にて必殺技で倒しても回を通じて再び立ち向かっていくのが特徴である。これは先のゴーグルⅤの合成怪獣とコングロボットの初期構成を真逆にしたものと推測できる。
また敵の首領ドクターマンはある意味影の主役ともいえる。彼はもともと若き天才脳科学者だったが、進化した精神に対し、肉体の限界を感じ自らをサイボーグに、更にはよりアンドロイドへと改造を繰り返した。それに伴い彼が造ったアンドロイドたちも、より人間らしく造りすぎたのか、途中自らに反乱を起こされて知能の調整を余儀なくされたり、あるいは自分の片腕にと、一時は息子のアンドロイドを造ったが、自我ゆえに暴走して自滅、挙句に本当の息子にも敵対されたりと、ともかく人間を捨てて人間以上の存在を目指したつもりなのが、行き着く先がやはり人間であったという皮肉がうかがい知れるのだった。
対して後期の宿敵となったバイオハンター・シルバ。彼はバイオマン以下バイオ粒子の使い手の抹殺をプログラムされた純粋な戦闘ロボットだった。そんな彼も使命とともに戦いとそのための力を渇望していた。
ともかく、従来のヒーロー物に重厚な人間ドラマを織り交ぜた作りとなっている作品だった。

電撃戦隊チェンジマン(1985)
この作品のメンバーは“色”より象徴される“聖獣”で呼び名されているのが特徴。これは先のサンバルカンと後のジュウレンジャー、ダイレンジャーにも連なるものだろうけれど。
ともかくこの作品のあらすじとして、きたるべき宇宙からの侵略者に立ち向かうべく日夜厳しい訓練を課せられる主人公たち。やがてその侵略者の襲撃を受け、地球の星の力を受けた戦隊ヒーローがそのチェンジマンだった。
敵は宇宙を侵略して回っている大星団ゴズマ。宇宙中の凶悪な戦士や侵略した星々の有能な戦士らで構成された組織である。そのゴズマの主力たる宇宙獣士のほとんどがモンスター・エイリアンタイプで、映画の『エイリアン』の影響をモロに受けてか、あるいはデザインの出淵裕センセイの作画力か、結構ソレらしい作りとなっている。さてこの獣士たち、戦隊戦で一度必殺武器パワーバズーカで倒したあとで巨大化戦ともつれ込むけれど、これはゴズマ幹部(ていうかペットか)のギョダーイの吐く巨大化光線で復活・巨大化し挑むという。これは先のダイナマンあたりで、敵を必殺技で倒すどころかかえって巨大化させるのかという批判から受けたものか。それでいてこのパターンが以降も永く続いたものでもあるのだが。
しかし味方側も多くの宇宙の戦士も集結してチェンジマンとともに戦うことになり、更にはゴズマの幹部の中にも裏切り者が現れ、ついにはゴズマを壊滅させ地球並びに宇宙を守ることができたのだった。

超新星フラッシュマン(1986)
この作品も結構壮大なストーリー展開があり、大まかなあらすじはかつて宇宙人にさらわれた五人の子供たちが、助けられた星で超人的な力を得て地球に帰還し、自分たちの家族を捜すとともに、地球を狙う侵略者たちと戦うといったものだった。
その侵略者たる敵の組織は改造実験帝国メス、究極の生命を創り出すために宇宙を荒らし回る科学者と改造生物たちの集団である。ちなみにフラッシュマンたちをさらったのは、メスに雇われた宇宙ハンターたちでもある。
こちらも結構な人間ドラマが繰り広げられていて、まずはメスの首領たる大帝ラー・デウス。彼こそが自らを究極の生命たるべく今まで宇宙じゅうの生物の遺伝子を狩り集めてきたのだ。しかしその野望を側近たる大博士リー・ケフレンに利用され、そのまま手駒にされてしまう、加えてケフレンもデウスによって改造された強化人間といったところで。所詮は他力本願が故の悲劇であり、結局はちょっとネタバレながら力押しで倒されたのだった。
またメスに雇われたハンターたちのリーダーたるサー・カウラー(演:中田譲治氏)は後に自分たちが雇われ幹部であることに不満をもち、いろいろと揺さぶりをかけついには反乱をおこしたりもするが結局彼もケフレンに利用されたりもしたが。
結局フラッシュマンたちの目的の一つだった自分たちの家族探しも、一組しか見つけられず。さらには力の拒絶反応によって地球を離れざるを得なかったのだ。まあこういった大団円には程遠かった結末ながら、重厚なストーリーを見せつけてくれたと思ったのだが。