THE KING OF FIGHTERS
アナザーストーリー・アルカナハート枠

愛野はあと編『見えない「力」』

 気が付いたらお互い拳を合わせていた。
 その少女、愛野はあとはその格闘家の体の流れに、その格闘家ははあとの体の流れと、何よりそのまっすぐな目にひかれて今に至ったのだろう。
 とはいえ、相手は男、まして格闘家とはいえ普通の人間。自分が聖女であることを踏まえ、はじめ自分の拳のみで闘おうと決めたのだ。確かに拳のみで全力で対したものの、格闘家はそれを軽くあしらっている感があった。しかもそれは全力ではない。ある意味はあとが全力を出し切っていないことを見透かしているかに見えた。
「・・・見切られてるの、まさか・・・・・」
 はあとはふと言葉を漏らす。格闘家もそれに応えるかのごとく、
「そうだな、確かにいいパンチだ。だがそれだけが君の力じゃないだろう」
「確かに、ね。でも・・・・・」
 よもや自分の正体―聖女であること―を見透かしているのか。一瞬はあとは思った。そして、格闘家の口から、ある言葉が発せられた。
「・・・そうだな、だったら見せてみろよ、君の本当の力、そう、『見えない力』を」
「・・・やっぱり!?
 もはやはあとは確信した。格闘家がなぜ聖女の、そしてアルカナのことを知っているのかは知らない。しかしそうなれば聖女の掟(そんなものあったっけ)を破ってでも全力をぶつけなければならない。
「・・・そういうことだったら、あたしも本当の力を出すよ、いくよ、パルちゃん!」
「おっ、おいでなすったな」
 ついにはあとは自らのアルカナ『パルティニアス』を解放する、だが格闘家もそれを待ちかねたそぶりを見せた。格闘家にはパルティの姿は見えないはずなのだが。確かに格闘家は、パルティの攻撃を確実に受け流していた。はあとにはそう見えていたのだ。そして格闘家の手ごたえは、はあとのわずかな動揺で確信に変わった。
「やはり、そういうことだな」
「そんな、まさかあなたは・・・・・」
「いや、やはり見えていないさ。だが、感じているんだ、君の力を。それがどういうことかは俺にも分からない。まあ格闘家としてのカンってやつかもな。まあいずれにしても・・・・・」
 と、格闘家は一歩退がって。構えの体勢をとる。
「俺もいっちょ、本気を出すぜ!」
 格闘家は飛びかかり渾身の一撃を放つ。はあとも全身で受け止める。もちろんパルティもはあとのサポートに回る。しかし格闘家のパンチから放たれた衝撃波がはあととパルティは吹き飛ばされたのだ。

 吹き飛ばされ大の字に倒れるはあと。しかし格闘家は構えを解かない。ふとはあとの口から声が漏れる。
「・・・まいったなあ、ここまでやられちゃうと、かえって気持ちがいいな」
 と、ゆっくりと再び立ち上がる。そして格闘家をまっすぐと見据える。
「そうだな、それが、ファイトの醍醐味ってことさ。君ならばいいファイトが出来る。そして君も俺とならば、ってところかな」
「うん、そうかもね。でも、それだけじゃないでしょう」
 格闘家は構えを解き、不敵な表情で応える。
「これも、お見通しかな。本来俺みたいな風来坊がしゃしゃり出る義理はないけど、いろいろ巻き込まれちまったからな」
「・・・やっぱり・・・・・」
 そういえばはあとたちが当たっている事件の他に、いろいろ大きな事件が起こっていると聞く。まさかこの格闘家も関わっているのかと、はあとは思う。
「どうだい、君がよければ、KOFって大会に出てみないか。今じゃ飛び入り参加は大歓迎だぜ」
「KOF、キングオブファイターズ・・・・・」
 もちろん、はあともこの大会のことは知っていた。この格闘大会を中心にいろいろと物騒な事件が起こっているということも。それでも自分たちがしゃしゃり出ることではない。とも思ったりもしたのだが。
「・・・やっぱり、いつかこちらからお招きがかかるとは思ったけど」
「もちろん、君にも断る権利ってのはあるぜ。基本面倒事だしな」
「・・・ううん、こうなったらあたしも出てもいいよ、もちろん、冴姫ちゃんたちも連れてね」
「そいつは楽しみだな、まあ俺も気長に待ってるぜ」
 と、格闘家はゆっくりをこの場を去る。はあとはそれをいつまでも見守っていた。
「もっと強い人と闘うのも、聖女の使命ってところかな・・・・・」
 とはあとは勝手に思うのだった。

 一方格闘家の方も、
「まあ、面倒事はなるべく大勢であたった方がいいからな・・・・・」
 と、懐から取り出した手紙に目を通すのだった。


廿楽冴姫編『恋の嵐』

 アルカナの聖女、一人の格闘家に敗れる!
 ささやかながらもたらされたある凶報は他の聖女たちにも衝撃を与えた、かに思われた。
 もっともはあとの場合はよく男の格闘家とも野仕合をしょっちゅう申入れていて、この場合は“アルカナ”を使わずに済んだのだが。今回は格闘家、まして男に“アルカナ”を使用し、しかもそれを見切られたのだった。
 ともかくも、彼女廿楽冴姫も、はあとの敗北に内心動揺している一人だったのだ。
「まさかあのはあとが、たしかに相手も名だたる格闘家なんだけど、それが、見えないはずのアルカナを感じてって・・・・・」
 わずかながらに冴姫に軽い戦慄が走る。振り向いた背後には一人の男、見た目自分をナンパしに来た男が立っていた。もちろん男嫌いの冴姫にとって最も嫌うタイプの男だった。
「おおっ、結構いいお姉ちゃん発見だ。俺と付き合ってくれないかい」
「何、あなた、誰・・・・・?」
 男の出で立ちは鉢巻きにトランクス、そしてアロハシャツといった何やら異様な風体でもある。しかし何より印象的なのは、その男が格闘家といったことである。
「あんたのただならぬ雰囲気にひかれてここまでやってきたんだ、その力ってのは、何やらお噂の見えない“力”だろ」
「くっ、ここまで知られては、ただでは帰れない、ことね・・・・・!」
 意を決して冴姫は自らのアルカナ“ヴァンリー”を発動する。そして男に雷を落としてそれで終わりのはずだった。しかし男には一切効いていないようだ。
「何、まさか、効いていない」
「やっぱりやってくれたか姉ちゃん、これがあんたの見えない“力”だったか。まあこの程度だったら小手調べ程度だろ」
「いいえ、こんなはずはないわ」
 次に冴姫は足業で男に対するが、これもすべていなされる。結局男にとって足業は得意だったからっでもあった。
「まあこれで分かったろ、ここは観念して俺と付き合って」
「じょ、冗談じゃないわよ」
 こうなったら破れかぶれで再びヴァンの雷を繰り出す。しかし今度はあらぬ方向に雷が落ちてしまう。落ちた先には逆立った髪の細身の男が立っていた。
「おやおや、お噂にたがわぬ雷の力だ。実はこの俺も、あんたの見えない“力”にひかれてここまで来たんだが、ここは邪魔者が一人いたな」
「何言ってやがる、ここは俺が先にツバ付けたんだ、おめえは引っ込んでな」
「そうはいかねえ、こういった気高いお嬢さんは俺がお相手するにふさわしいんだ、あんたこそ引っ込んでな」
「やるってのか、面白え、こうなったら勝った方が嬢ちゃんとデートだ」
 こうして冴姫をめぐって二人の男がまさに冴姫を挟んで相争っていく。3人が3人とも足業の応酬を繰り出していき、傍目から見れば三つ巴のストリートファイトにも見えている。しかしそのある意味緊迫した仕合もやがては、
「もう、いい加減にして!」
 結局この激戦と男たちのしつこさに耐え兼ね、冴姫の超必殺技が炸裂した。が、男たちには多少のインパクトを与えたがさほど効いてはいないようで、むしろ冴姫の方が吹き飛んだ形となった。しかしそれが男たちから離れるきっかけとなり、冴姫は一目散に逃げ出すのだった。

 何とかしつこい男たちから逃げおおせた冴姫、沈む夕日にしばらくたたずんで、意を決したかのごとく立ち上がると、
「・・・もう、格闘家(おとこ)なんて、大っ嫌!!
 冴姫の叫びは、夕日のかなたに吸い込まれるかのごとく響いてはやがて消えていくのであった。


大道寺きら・ドロシー=オルブライド・キャサリン京橋編『大っきくなれよ』

「水まんじゅうのバケモノなんて卑怯だぞー!」
「うわ〜ん、おぼえてろー!」
 数人の悪ガキが退散していくあと、残ったその女の子、大道寺きらは勝ち誇っていた。
「わーっはっはっはっは、逃げたか、この偉大なるきら様に負け惜しみを残して。所詮男どもなどこんなものよ。今夜は腹を下すまで牛乳で祝杯決定だ」
「そいつはいただけねえな」
 背後から男の声が響く。振り向いたきらの背後には男が立っていた。
「な、何だ貴様は!?
「それは今のお前にゃどうでもいいことだ。近所の悪ガキを倒すだけで満足して牛乳飲んで腹下しゃやっぱ意味はねえからな。ここは一つ、俺が極上のビーフをご馳走してやるぜ」
「は、放せ・・・・・!」
 きらは反駁する間もなく、男に連れられる。途中きらの馴染みの女の子たちが二人の少女に連れられていた。男が一人の少女に話しかける。
「おっ、そういやお前もオフだったな、で、この子たちは何だ」
「うん、街で見かけてえろう気があってね、どっかで食事おごることにしたんだわ」
「うっ何だ、貴様らも捕まったのか」
 きらも彼女に連れられた二人の女の子、キャサリンとドロシーに気がつく。
「おお、お前の知り合いか、ああ、そういや最近”見えない力”ってのを使って闘う女の子がいるって話だが、やっぱお前らのことだったな」
「ぐっ、どうしてそれを」

 多少ひるみ気味のきらに、男は人懐っこい不敵な笑みで応える。
「やっぱりそうだったか、なら話が早いぜ。だったら、お前たちも一緒にどうだ、いつもの店で」
 男の言にきら、ドロシー、キャサリンの三人は圧されつつも頷く。
「よし、決まりだな。うむ、そういえば」
 男はあと一人の、紅い髪の少女に何かを感じ入ったかに見えた。
「お前さんは、どこかで見た感じがするんだが、気のせいか」
 男の懸念に少女は静かに応える。
「はい、妹です。でも、今は皆さんと付き合えると思いますから」
「まあ、何にせよ、一緒に行こうぜ」
 一同は男に連れられるままに近くのステーキハウスへと向かう。男は入っていくなりカウンターに立っていた店のマスターに話しかける。
「おう、邪魔するぜ。今度はたくさん連れて来たんだが」
「ああ、いらっしゃいませ。今すぐ支度しますので」
「まあみんなゆっくりしてくれ。すぐに焼けるからな」
 と、皆をカウンターに座らせる。しばらくしてステーキが焼きあがり、
「これが、ステーキ一枚分かな」
「まるで、大きな岩みたいやな」
 カウンターに並べられたステーキを前に、ただ沈黙するきらはともかく、ドロシーとキャサリンは感慨深げに述べる。
「せやろ、これがこの店名物のエアーズロックステーキや、ちなみにここのお肉はボスの牧場からつくられてるんよ」
 関西弁の少女の言を厳かに聞き入った三人だったが、
「こ、これを食べるってことかな」
「・・・今更、怖じ気付くことは出来ないですよ。これもある意味、明日のためなの、あなたたちの、そして私たちの」
 何故か紅い髪の少女が釘を刺すように説く。それに応じてきらはおもむろにフォークを握り取る。
「そ、そこまで言うなら食ってやろうではないか。たかが肉一切れ、どうってことはないわ」
 と、フォークを肉に突き刺そうとするも、
「ちょっと待ちや、食べる前にやることあるよ」と、関西弁の少女が制する。
「な、何だというのだ?」
「食べる前には『いただきます』や。こう、手を合わせて」
「おう、あいさつは大事だからな」
 こうして関西弁の少女の音頭に合わせて、
「いただきます」
「うむ、いただきます」
「い、いただきます」
 こうして、一同のあいさつから会食が始められた。
 まず男が肉を大きく切り分けてから口に運ぶ。その際時折周りを見やって他のペースに合わせようとする。次に関西弁の少女と紅い髪の少女は黙々と、きらたちはそれぞれ悪戦苦闘しながらも肉を食べる。やがてきらたちが肉を平らげフォークを置こうとしたとき、
「・・・おかわり、お願いします」
 紅い髪の少女が告げる。それにきらたちも何かを感じ入ったのか、三人もまた「お、おかわり!」とステーキの追加を告げる。その有り様に男と関西弁の少女も食べながら感じ入っていた。
 やがてこれが数回続き、結局きらたちと紅い髪の少女はかなりの量のステーキを完食した。なおも平静を保っている少女に対し、きらたちは胃袋の限界にただ耐えていた。
 ちなみに男が食べた量が当然ながら最も多く、対して関西弁の少女はきらたちに見とれていたせいか、最も少なかった。まあそれはさておき、
「ひ、一通り喰ってやったぞ、た、大したことは、ないではないか・・・・・」
「も、もうお腹いっぱいやわあ・・・・・」
「もう、動けないよお・・・・・」
 三人ともやはり苦しそうだった。
「こ、この程度でへばるとは、大したことは、うぷ・・・・・」
「しばらく横になってな。じゃあ、ちょっと頼むぜ、マスター」
「はい」
 そんな三人を店のマスターに任せ、男と関西弁の少女、紅い髪の少女は席を離れる。
「ほんとぎょうさん食べたわあ。いつもの稽古なみだったわなあ」
 関西弁の少女は感慨し、紅い髪の少女も男に話かける。
「今日は大変にご馳走になりました」
「そうだな、お前さんもいい喰いっぷりだったぜ」
「はい、大変おいしくいただきました。そも私たちを支える欲望の力、その一端でしょう食欲に身を委ねることで、自分と向き合える力を得たと、思います」
「うむ、やはりそうか」
 紅い髪の少女の言に男はただ聞き入るだけだった。しかし何より少女の首にかけられたペンダントの鈍い光に感じ入っていたのだ。
「ところでこれからどうするんだ」男は尋ねる。
「はい、次の大会にもあれが関わるでしょうから、もし誘いがあれば、参加したく思います」
「そいつは楽しみやね」
 関西弁の少女が胸を躍らせて応え、それに男が静かに相槌を打つ。
「それでは、またご縁があれば」
「おう、気を付けてな」
 二人の見送りを受けて、紅い髪の少女は去っていった。その後で、男と関西弁の少女はきらたちの様子を見に店に戻る。
「様子はどうだい、マスター」
「はい、三人ともぐっすりとお休みですよ」
 きらたちはすっかり満腹の状態で寝入っていた。


春日舞織編『ミコ巫女大作戦』

 春日舞織、春日流巫女にして聖女である彼女は、精霊庁御用達として数々の事件にあたっていた。今回もその一環として、とある大巫の当主の杜に赴いていたのだ。
 郊外の杜にひっそりとたたずむ簡素な社、それに隣接するやや大きめな屋敷に踏み入れた舞織。
 その大巫の当主の女性も1800年来からの格式のある家柄で、先だってのとある争乱で一時体調を崩し床に臥せっていたが、最近になり回復に至った。今回はそのお祝い言上が表向きの目的なのだ。
「春日舞織にございます」
 広い玄関の間でさして大きな声でもなく舞織は告げる。
「どうぞ、お入りなさい」
 屋敷の回廊の奥から、こちらも大きな声でなく応えの声が響く。それに応じて舞織も奥の広間に足を運ぶ。大広間にはその大巫の女性と、両脇の少女。巫女の装束をまとっているが、舞織でも一目見て武道家と分かる。否、大巫を含め彼女たちすべて、名だたる女性格闘家として見知っていたのだ。
「今回は病気快癒の報せを聞き、ここにお祝い言上をお伝えいたします」
「まこと有難きこと。ところで春日さん、あなたがこの地に赴いたのはやはり精霊庁が関連してのことでしょうか」
「はい、やはりご存じだったのでしょうか」
「ええ、まずはこの親書がすべてを物語っております」
 彼女はその親書を脇の少女に渡し、恭しく、かつ親しみを込めて舞織に手渡す。その親書には“遥けし彼の地から出ずる者たち”のことを中心に、それに対することの要請が書かれていたのだ。
 確かに舞織にとっては、というより精霊庁としても件の者たちのことは聞いていた。しかしあくまで管轄外ということで、お互いが不干渉を決め込んでいたのだが、今回の事態を考慮して、ひとまず協力体制を取ることにした。ちなみに精霊庁に働きかけたのもその親書の主でもあった。
 実際、各聖女もそれに関連した格闘家と接触、対峙し、あろうことか彼らがアルカナにも対応した事象も発生したのだ。
「大巫さまに招かれたとあれば、断るのも非礼でありますれば、謹んでお受けいたしましょう。ところでこれは組で参加する形式をとっておりますが」
「いえ、この場は個人参加もよろしいと思います。ひとまずは客人ということですから。やはり各自の意思で参加するのもいいと思います」
「はい、分かりました」
 舞織はその親書を恭しく返し、その後2、3かの談笑の後に館を後にする。
「なかなかに忙しくなりそうですね、ひとまずは姉さまたちと報告と相談を致しましょう」
 と、帰り道にそうつぶやく舞織だった。その顔はやけに嬉しそうだったのだ。


エルザ&クラリーチェ編『罪と罰のはざまに』

 エルザ・ラ・コンティとクラリーチェ・ディ・ランツァ、かつては好敵手同士で今は頼もしいコンビとして数多くの事件を解決してきた。
ここ最近自らの力“アルカナ”を“見えない力”として対処する格闘家が顕現してきたと多くの聖女たちと介入してきたという事象を調査するため、とある“男”とコンタクトを取ろうとした。
「・・・あれがそうか・・・・・」
「間違いないですわ、あの方も格闘家とはいいますが、多くの人との闘いで、ほとんど再起不能に近く倒してきたといいますから、何らかの対応も必要になりますわね」
「それもそうだな、まずは我らが当たれば」
 と、ひとまず男の前に立つ二人だが。
「ふん、貴様らが嗅ぎまわっているのは承知の上だ。一体何者だ、ひとまずは女のようだが」
「私は精霊庁のエルザとクラリーチェ。君のうわさは聞いている、いずれ我々の任務遂行の障害になるだろうから」
「とりあえず封じておきますわ。御免あそばせ」
「二人がかりか、それもいいだろう」
 こうして男と二人の“仕合”は始まった。まずは男の殺気を推し量りつつ歩み寄り、まずは小技と飛び道具でけん制、男は難なくそれをかわしつつ、けん制技で返していく。
「やはり一筋縄ではいかないか」
「やはり“力”を使うしかないですわね」
 普通の人間といえど、否、普通の人間ならぬ男の実力だからこそ。お互いのアルカナを発動させる。
 罪のアルカナ・サルヴァーチ、罰のアルカナ・カシマール、いずれ人には見えない”力“であるはずである。その2つとともに2人が男をとらえんとした。だが、男はまずそれを払い、やがては2人を受け止め、ついには自らの”焔“で2人をなぎ払った。
「くっ、私としたことが、見えて、いや感じている、のか」
「あらあら、してやられました、わネ・・・・・」
 予想外の敗北を受け止めかねているエルザ、クラリーチェですらも男の敵意と殺気、そして妖気に対しほんのわずかに殺意を覚えていた。そんな倒れ伏す2人に男はまるで自らに向けた不快さで吐き捨てる。
「・・・ふん、罪だの罰だのと、所詮は己の自己満足の産物にすぎぬだろう。このようなお遊びに俺は付き合いきれん・・・・・」
 そして去り際、ふと振り返りつつこう切り出す。
「もうすぐ、とある下らん格闘大会とやらが開催される、俺を殺したければ、そこで飛び入って来るがいい」
 男が去ったあと、未だ呆然と立ち尽くすエルザに、いつもの平静を取り戻したクラリーチェが話しかける。
「さて、あの方を封じる任務には失敗しましたが、これからどうしますか?」
「もちろん、追うさ。あの男がこれからも人を傷付けんとする限り、私達の任務は終わってはいない。そうさ、この私たちの誇り、私たちの”罪“と”罰“にかけて」
 いつしか夜も明け、二人はその朝日に向かって歩き出そうとしていた。


朱鷺宮神依編『千年守の樹の下で』

 少年は大樹の前に立っていた。
 少年は己の武の大成を求めていた。
「代々受け継いだ古武術の業、俺の武も世に轟けるか、この大木のように」
 少年は大樹に触れんとした、しかし。
「待て、この樹に妄りに触れてはならぬ」
 背後の一人の乙女が少年を引き止める。
「むう、何者だ」
「ここは神聖なる千年守の樹。お主は野心があるが邪気はない。だがいずれお主が立ち入っていい処ではない」
「・・・・・」
 少年は言葉を返そうにも、開きかけた口を閉じた。何故だか彼女の言葉を遮ることはできなかった。
 少年はひとまずこの場から去る。しかしいつかはこの地に戻っていくだろうとも思ったりもするのだった。

 少年は大樹の前に立っていた。
 少年は己の拳を極めんと、修行の旅を続けていた。
「俺の拳はどれだけ強くなれるか、やはり世界に打ってでなければ、しかしその前に」
 少年は大樹に拳を重ねんとした、しかし。
「待て小僧、この樹を拳で打つつもりか」
 背後の一人の乙女が少年を引き止める。
「むっ、何者だ」
「ここは神聖なる千年守の樹。お主の大望は大いに感じている。だがいずれお主の拳はこの樹に向けるべきではない」
「・・・・・」
 少年は言葉を返そうにも、開きかけた口を閉じた。何故だか彼女の言葉を遮ることはできなかった。
 少年はひとまずこの場から去る。しかしいつかはこの地に戻っていくだろうとも思ったりもするのだった。

 少年は大樹の前に立っていた。
 少年は古来より受け継ぐ業を、今まさに試さんとしていた。
「代々受け継いだこの炎、古来より立っているこの大樹でひとまず試してみるか」
 少年は己の両手の間に炎を灯し、大樹に向かい構えんとした。
「待て貴様、よもやこの樹を燃やさんとするか」
 背後の一人の乙女が少年を引き止める。
「うむ、何者だ」
「ここは神聖なる千年守の樹。お主が大いなる闇を祓う一族は見知っておる。だがいずれお主の炎、この樹に向けるべきではない」
「・・・・・」
 少年は言葉を返そうにも、開きかけた口を閉じた。何故だか彼女の言葉を遮ることはできなかった。
 少年はひとまずこの場から去る。しかしいつかはこの地に戻っていくだろうとも思ったりもするのだった。

 少年は大樹の前に立っていた。
 少年はここ最近の胸騒ぎに導かれていた。自らの血がそうさせたのか。
「僕の体の中、血の中に、何かが常に騒いでいる気がする。そうだ、僕は、闘いたい・・・・・」
 少年は大樹に近づこうとした、しかし。
「ふむ貴様、何やらただならぬ気を持っているようだな」
 背後の一人の乙女が少年を引き止める。
「誰だ・・・・・!?
「ここは神聖なる千年守の樹。お主は本流ではないが闇の一族と見た。いずれ己が血と闘わん刻が来るだろうが、今はお主がここに立ち入る刻ではない」
「・・・・・」
 少年は言葉を返そうにも、開きかけた口を閉じた。何故だか彼女の言葉を遮ることはできなかった。
 少年はひとまずこの場から去る。しかしいつかはこの地に戻っていくだろうとも思ったりもするのだった。

 そして時は流れ、その大樹の前に、4人の男は立っていた。いずれも己の武はともかく人生をも大成した感があった。
「さてこの樹に立つのも久しぶりかのう」
「その間、わしらもずいぶんといろんなことが起きた」
「大いなる守護のもとこの樹は立っている。我らもその域に到れたかのう」
「それを確かめるべく来たのだ、はたして“彼女”はどう応えるかな」
 四人目の男の言の後、お目当ての彼女、朱鷺宮神依が現れた。
「なるほどお主らか、それぞれいい面構えになったものだ」
「まあ多少はね、ミス・カムイ。今後起こりうる事態に関し、ご協力を仰ぎたい。これは聖霊庁を通じての要請だが」
 と、4人の代表として隻眼の男が応える。
「なるほど、面倒なことたな」
「まあこういうのはどうでもいいことかもしれぬが、本題はこれだ」
 そう言って隻眼の男は傍らの袋から日本酒の一升瓶を取り出す。
「・・・これは・・・・・」
「この場はこちらの方が似合うと思って用意したのだが」
「なんだお主、わしらもほれ、このように用意してきたのに」
 と、それぞれ他の男たちもともに一升の酒を取り出した。
「うむ、こういうのもいいかもしれぬが」
 神依も得心する。それを男たちの背後で心配そうに見やる人影がいたが。
「まあ、というわけじゃ、ひとまずお主らはむこうで遊んでいるがいい」
「わふ〜」
 と、古武術の男が後ろのこのはたちに告げ、このはたちはすごすごと身を退くのだった。
「ここから先は大人の付き合い、お主も見た目以上に齢を重ねておろう」
「・・・うむ・・・・・」
「この場存分に飲んで、浮世の憂さを晴らそうではないか」
「・・・・・」
 神依は沈黙したままだが、不快と思ってはいなかった。ただ男たちの押しに少しは戸惑ったが。ともかくも男たちに進められた酒をぐぐっと飲み干す。
「おお、いい飲みっぷりだな」
「まあお主ももっといけるじゃろう、さあもう一杯ぐぐーっと」
 こうして神依と男たちの宴は過ぎていく。これから起こりうる面倒な争乱を気にしないでもないのだが、今はこのひとときを楽しもうと思う神依だった。
「やはり、楽しまなければ損ということだな・・・・・」


美鳳編:ロボの気持ち

天才科学者、明芳博士のもとに、旧知の友人の姪御が自身が開発したロボットを従えて訪れた。昨今の彼女の活躍を聞きつけ呼び掛けたのだ。
「おはようございます、明芳のお姉さん」
「ようこそいらっしゃいましたね、これがあなたのロボットね」
「うん、お姉さんに比べればオモチャ程度だけれど」
その武骨なロボットにもう一人の人物、彼女こそ明芳博士が開発したエーテルアンドロイドの美鳳である。
「ですが彼自身にも確たる意志を感じます。あなたを通じてそれが育っているのも理解はできます」
と美鳳が応える。そこに明芳も一つ提案をする。

「どうかしら、あなたのロボットとうちの美鳳とを仕合わせてみたら、これもお互いの修行になるかもしれませんよ」
「うん、あたしもただ動かすだけじゃダメだよね」
というわけで、少女のロボットと美鳳との仕合が開始された。
「それじゃ、いくよ」
少女がロボットを起動させる。仕合うにあたっていつも通りの始め方だが、今回はいつも以上にロボと一体化する気がする。
一方の美鳳も、ロボと闘いつながらもなぜかロボに向かって問い掛ける。
「あなたも彼女の想いに応えんとしているのですね。言葉を発しなくても、私には分かります」
それが何を意味するのか、少女自身も理解している、はずだった。ロボを開発して実戦に投入、はじめてロボを操作した頃より、ロボの動きに微妙な違和感を覚えた。それに対しロボ自身ももちろん少女の操作には従っているのだが、それが当たり前とは思わなくなり始めていたのが理解しつつあった。
「あたしの、想い・・・・・」
美鳳は続ける。
「彼女があなたを動かしつつ、あなたに想いを注ぎ続けています。私も認識しかねていますが。そう、あなたにも、私と同じく、心を育ちつつあります」
「この子の、心・・・・・」
少女も確信する、美鳳の言葉からしばし考えをよぎらせる。美鳳がエーテルというエネルギーから自らの心を育てている。しかしロボは美鳳と違ってただの機械、と思っていたが、それでもそれなりにロボに想いを注いでいたつもりだった。しかしその想いが、ロボに心を生み出させたのだろうか。
「もし、あたしにも、この子の心をもっと感じられたら。この子は、いやあたし自身が、強くなれる、かな」
そう思うとかえって心が穏やかになりつつある。そしてコントローラー越しに、ロボの手足、やがては体全体の動きを感じていく。そして2体の周りのオーラ、そして美鳳の背後から、とある“存在”が見えつつある。
「これは、まさか、見えない“力”それが、あなたの本当の力」
「ふふ、ご名答」
割って入ったのは明芳だった。
「やはりこういうことを見越して、あたしを招いたんですね」
「そうよ、前もって寄越された手紙、今世界はますます大変になっていく。その意味であなたの力も必要になったの。もちろんその後の判断はあなたに任せるけれど」
「うん、今はまだ扉を開いたばかりだから。でもあたしの力、そしてこの子の力は岐津様になれば、いずれは」
「ええ、その時はともに闘いましょう」
ひとまず明芳たちに別れを告げ、少女は帰途に就く。
「派手に仕合っちゃったからちょっと傷付いちゃったかな、かえったらまた手入れしなきゃね」
しかし家に帰ったらその傷が心なしか少なくなった感がした。これも美鳳のエーテルの作用なのか、それともロボの力なのか、いずれにしてもロボ、そして彼女自身が新たな道を踏み出したことには変わりはなかった。