「ここで間違いないよね」
「うん、でも道場ってきいたけど、なんかダンススタジオみたい」
包(パオ)と桃子は静岡のジョン・フーンのテコンドー道場へと足を運んだ。
ジョンの道場はテコンドーのレッスンをはじめ、その応用のストレッチ体操など多岐に渡り運営していた。
やがて午後のレッスンが終わり門下生が帰った後で二人は道場へと入る。
桃子が渡したアテナの手紙を読んで、ジョンは二人を一瞥し口を開く。
「大体のことはよく分かりました。まあわたしとしても子守りはあまり好きではありませんが、他ならぬアテナさんの頼みです。じっくりと面倒を見ましょう」
「はい、ありがとうございます」
「これからよろしくお願いします 謝する二人にジョンはさりげなく話題を変える。 「うん、ところで二人とも夕食はまだのようですね」
「えっ、あ、はい・・・・・・」
「それはちょうどよかった。行きつけの店がありますので、二人ともよければ」
「はい、お言葉に甘えて」
「それでは、行きましょうか」
と、ジョンに誘われるままに二人はついて行く。
それからというもの、二人はジョンの道場での修行の日々を送る。朝は道場の裏山の林、清流のせせらぎの中での精神の修行を、昼は道場で体術の修行を、夜はジョンと一緒に界隈の飲食店で夕食をと、日々心身を鍛えていく。
そんなこんなである日の夜中、包はふと目を覚まし家を出て、裏山の林に入っていく。それに気が付いたジョンはこっそりとついて行き、様子を見る。
林の中、包は深く静かに深呼吸をし、まるで何者かを待っているかのようだった。すると包の目の前に二人の人影が現れた、かつてのネスツ工作員筆頭・ミスティとかつての飛賊の長、龍(ロン)である。そんな二人を前に包は口を開く。
「やっぱりこの気配はおじさんのものだったね。今度は一体何の用?」
包の口調は多少はおびえているようにみえるが、そんなには物怖じはしていなかった。
「そんなに怖がることはないわ。今回はあくまでも顔見せよ」
「・・・そう、確かにケリをつけたい者たちはいる。しかし、あれまで来られてはな・・・・・」
「ええ、“彼”が色々とかき回したおかげでね。こちらもやりにくくて困るのよ」
「・・・アッシュのお兄ちゃんのことだね」
「・・・・・」
龍は沈黙で応える。しかしややあって重い口を開くのだった。
「・・・我らの源流、オロチも目覚めた、否、神器の者どもが封じ損ねたのだ」
「・・・・・」
包にとっては初めて聞く名だった。そういえば自分が鎮に預けられる前にアテナたちが闘った強大な敵がいたと聞いたが。
それでいて、その名にどこか覚えがある感がした。
「・・・まさか、知らない間にこんなことがあったなんて・・・・・」
その時、包に自身も思いもよらぬ意志が沸き上がるのを感じた。その意志を龍にぶつけるように言い放つ。
「・・・僕のことは、いいけど、僕のまわりの人たちに、何かをするのは、許さないよ・・・・・」
確かに包は怒っていた。その怒りの力を龍も傍らのジョンもひしひしと感じていた。しかしそれでいて包自身制御できる怒りであった。
「・・・わかっておる、今は手を出さぬ、今はな・・・・・」
と、龍は姿を消す。それに伴いミスティもいずこかへと去っていく。残った包と傍らのジョンはともに肩を落とす。しかしすぐにジョンが一足先にこの場から離れようとする。
「今は詮索をしないほうがいいか、ここは見なかったことにしましょう」
と、急いで家に戻る。
一方の包も「このことはまだ話さない方がいいかな。余計な心配かけちゃいけないし」
と、静かに家に戻る。
次の日、いつも通りに修業を始める上でジョンが提案をする。
「ところで、いずれ大会にあたるなら、わたしも本格的に付き合ってもよろしいですか」
その提案には包はともかく桃子も賛成する。
「それはいいですよ。一通りこっちの修業は出来てるし、もう少し体術を鍛えてもいいかな」
「それはありがたい、体術ならば改めて手取り足取り教えて差し上げますよ」
「はい」
と、ジョンを加えての本格的な修業に取りかかる運びとなった。
「ところで包くん、夕べ何かあったの」
「え、あ、うん、何か、眠れなくって・・・・・」
包は半ばつまりぎみに応える。そこにジョンが桃子を見据えながら人差し指をゆっくり口元に立てる。
「う、うん、そうだね・・・・・」
桃子もこれ以上は詮索をしなかった。まあもしもの時はアテナさんたちと相談しよう、と思いながら。
少し間を置いて、ジョンか呼びかける。
「さて、少し早いですが、初めましょうか」
「はい」
と二人はジョンについていく。そのうち包は小声でジョンに告げる。
「・・・ジョンさん、ありがとう・・・・・」
ジョンもやはり小声で応える。
「ええ、どうも・・・・・」
今の二人にはこの一言で十分だった。
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