THE KING OF FIGHTERS
アナザーストーリーその3

神楽チーム
(神楽ちづる 藤堂香澄 四条雛子)

「・・・まあとにかく、ちづるちゃんのことは任せた。くれぐれもよろしくの」
「はい、わかりました」
 と、神楽ちづるの容態を看に神楽家を訪れた草薙柴舟は、先に訪れた二人の少女に告げ、家を後にする。

その二人の少女、藤堂香澄と四条雛子、二人とも神楽家とは多少のゆかりがあり、度々ちづるを見舞っていた。そのちづるは今、寝床にて横になっていた。
「さて、身体の調子はほぼ回復したのですが、未だ意識が戻りませんね。こんなことではせっかくハイデルンさんが送ってくれた手紙も無駄になってしまいます」
 先に香澄は、家に入るなり玄関に置かれたハイデルンの親書を手に取り、今まで懐に添えていた。内容は推して知るべしということである。
「何か先の大会も荒れてたということですが」

「ええ、大会の終わりで、彼の地の者という勢力が介入してきて、そのどさくさにアッシュという人が何やら暗躍したとか」
「何やら大変ですね」
「こんな時、私たちもいくらか力添えができればよいのですが」

ふと、寝床についていたちづるが左手を伸ばす。香澄はすぐさまちづるの手を握る。香澄の脳裏にある女性の声が響く。
「・・・る・・・ちづ、る・・・・・」
「これはやはり・・・わかりました、私でよろしければ力になりましょう・・・・・」
 香澄がちづるに声をかける。しかし声をかけた相手はちづるというわけではなかった。
「・・・いいのですね・・・・・」
 香澄は戸惑いながらもその声に応える。
「・・・はい、お願いします・・・・・」
 と、その声の主の意識を自分の脳裏に合わせる。
「・・・ちづる、ちづる・・・・・」
「・・・香澄さ・・・まさか、マキ姉さん・・・・・」
 香澄の声にちづるも戻しかけの意識で応える。
「・・・ええ、香澄さんの、身体を、借りて、語りかけています、あの、アッシュ=クリムゾンが、私たちの八咫、庵の八尺瓊を、奪い、残る力、京の草薙を、奪わんと、しております。それだけでなく、今や、オロチの者も、復活、していったのです・・・・・」
「・・・ちょっと待って下さい、オロチといえば、ちづるさんたちが倒したはずでは・・・・・」
 一時香澄の意識が戻る。その言葉に対してちづるが答える。
「ネスツの介入によって、完全に滅するには、至らなかったのです。でもやはり、彼らも、復活したのですね・・・・・」
 ちづるの問いに再びマキの意識に戻り応える。
「・・・ええ、すでに、肉体を、滅せられ、自らを、封じた、ガイデルを除き、未だ、漂泊している、山崎の他の、六傑が、すべて、復活したのです。しかも、恐ろしいことに、あの、彼の地の者が、クリスをさらい、彼らを、誘っているのです・・・・・」
「何ということを、やはり、私も立たねばならぬということですね」
「ええ、八咫の力を、奪われたとはいえ、あなたには、神楽の業が、残されています。我が力をもって、その封を、破りましょう」
 と、香澄の力を借り、マキの気がちづるの身体を走る。数回のけいれんの後にちづるの意識も再び眠りに落ちる。香澄もまた力が抜けたかのごとく倒れ伏す。
「あ、あの、二人とも、どうしたのですか?」
 倒れ伏した香澄の口から、マキの最後の声が発せられる。
「・・・これで、私の、役目は、終わりました。私たちの、業と、あなたがたの、力を、合わせ、大いなる、闇を、封じるのです・・・・・」
 そしてそのまま香澄はしばらく動かなくなる。

やがていくらかの時間がたち、まず香澄が目を覚ます。
「ああ、香澄さん、目覚めたのですね、よかった」
「・・・うん、心配をかけました、でも、私もマキさんの声をはっきりと聞きました。私たちの力を合わせて、ちづるさんの助けとなれと」
 続いてちづるもゆっくりと起き上がる。
「・・・そして、アッシュからも、彼の地の者たちからも、オロチの力を渡してはならないのです」
「ああ、ちづるさん、ようやく目が覚めたのですね」
「ええ、心配をおかけしました。やはりこのときにあたり、世間はKOFの開催を待つのみですか」
「はい、それに際して、これを渡されました」
 と、香澄は懐からハイデルンの親書を手渡す。ちづるはその親書をゆっくりと目を通す。
「・・・そうですか、やはり私が目覚めたのもこの日のための必然ということでしたか」
「さて、ちづるさんをそれでよろしいかと思いますが、まず京さんは紅丸さんと組むと柴舟先生から聞きました。庵さんはおそらくは復活したオロチの二人、確かマチュアさんとバイスさんが接触するでしょう。あとそれから、って、詳しいお話はまた後ほど」
「ええ、後はルガールの子供、というところですね。彼女もまた、このミッションの重要人物というところでしょう。やるべきことは多すぎますが、まずは私のなまった身体を取り戻した業に合わせることですね」
「そうですね、明日からでもトレーニングといたしましょう」
「はい、その前に夕食といたしましょう。今夜は私がよりをかけたちゃんこ鍋ですよ」
 と、雛子が二人を食堂へと誘う。こうして護りし者、神楽ちづるを中心としたこの三人で大会に参加する運びとなる。

エリザベートチーム
(エリザベート=ブラントルジュ ブルーマリー レオナ)

約束の時刻から3分は遅れていた。この地にてブルーマリーはある人を待っていた、2人の人物を。
 さらに2分、1人の人物がマリーのもとへとたどり着く。
「きっかり5分遅れか、案外早かったわね」
「・・・もう少し早く行きたかったけれど」
 言い訳がましいわけでなくその人物、ハイデルンの傭兵レオナは応える。
「まあそれはいいわ、問題はもう一人ってところかしら」
「そうね」
 先にレオナはハイデルンからブルーマリー他1名とチームを組み、来たるべき大会にての任務を言い渡されたのだ。
「これから、どうするの」
「そうね、これからエリザベート=ブラントルジュという人と接触しようと思うの。彼女はアッシュ=クリムゾンの関係者であることは前からの調べで分かっているわ」
「確かに、その手もあると思っていた。でも、問題は彼女とどう交渉をするか」
「さて、私がどうかしたのかしら」
 2人の背後には最後の人物、エリザベートが立っていた。
「あら、こちらから出向いてくるとはね」
「こういうことは予測していましたけれどね、マリー=ライアン、そしてレオンヒルト=ガイデル」
「・・・知ってたのね、でもその名前は、やめて・・・・・」
 エリザベートの言葉にレオナも軽く構える。しかしそれはあくまでポーズだった。
「今まで立ち聞きだなんて、あなたも悪い人ね」
「自体は一刻を争うもので、あなたたちを同じく、そして深刻に」
 と、エリザベートは1枚の手紙を取り出す。彼女にもハイデルンの親書が渡されていたのだ。一見ぞんざいに扱っているかにみえるが、手紙の折り目から何回も読み返したかとマリーは思った。
「要するに今回、あなたがたと組み、彼らを鎮めるに協力せよ、ということですか」
「まあ、そんなところね」
 さらりとマリーは応える。
「それはよろしいとして、まずあなたがたが問題にすべきは、この私があなたがたを認めてくれるか、そんなところでしょう」
「・・・そうね、先のことがあることだし。あれは確かに失態だったわ」
 それは先の大会直後の合同演習に併せての会合において、彼の地の者の介入を許してしまったことを指していた。
「確かにあれは油断でしたわね。しかしそれを責めることはいたしません。彼らの恐ろしさは見知っていることですし。そういえば彼らを調べようとした者がいましたが」
「ええ、これのことね・・・・・」
 と、ジャンパーの懐から1枚のレポートを取り出す。
「これが、ですわね」
「何事もバックアップというものは存在するものよ、情報化社会と呼ばれる今に限らなくね。そう、以前それを調べていた人が変死をして、おそらくは禍忌の仕業だろうと思うけれど。彼が遺したバックアップがいくつも用意していた、その一つが今セスを通じて私の手元にあるの。それには彼の地のものの大まかな推察や、それに対するあなたたちのことも記されているのよ」
 そのレポートにエリザベートはわずかに間を置いて淡々と応える。
「・・・遥けし彼の地より出ずる者たち、過去からの来訪者、そしてもう一つの地球意思。そしてそれに対抗するはずだった、私とアッシュ。私たち一族は数千年もの間彼らの再臨を待っていた。その間に自らの技を磨いてきたの。アッシュの錬気、私の光鞭術がそうですわ。昨今彼らに合わせ、まずアッシュが動き、神楽ちづるから八咫を、八神庵から八坂瓊を奪い、更にはオロチ一族の復活までも許してしまったのです」
「さらに付け加えて、ネスツの連中も最近動いていると、ハイデルンから聞いたわよ」
「つまりはこの地球の存亡をかけた闘いといったところですわね。だからミスター・ハイデルンは私と協力せよというわけですか」
「今更無関係だとは言わせないわよ、あなたもこの大会を通じてみたはずよ、あなたから見ればただの人たちが使った力の数々を。あなたも認めないまでも理解しているはずよ、『人の持つ無限の可能性』というものを」

「ずいぶんと言いたいことをおっしゃるのですね。私とてももはや認めざるを得ませんわ。たとえば極限流のリョウ=サカザキやらサウスタウンのテリー=ボガードやらと。だからこそこうやって足を運んできたではありませんか」
「まあ、私個人としては結論を急ぐ必要はないと思うわ。まずはあなたの心次第、組んだ後は基本は個人の問題ってところね」
 まあチームワーク云々にはあまり期待はしていないといったところ。これもお互いを認めてのことでもあるのだが。
 ふとエリザベートはレオナの方に話を向ける。
「それはそうと、一番の問題はあなたですわね、レオンヒルト」
「・・・・・」
「確かにね、私たちで組むとしたら、まずはあなたの血を何とかしないとね」
 何か言いたげなレオナに対し、この時ばかりはマリーもエリザベートの意見に同調する。しかしそれはレオナの気持ちを思ってのことだった。
「・・・ええ」
 レオナもまた胸元からペンダントを取り出す。
「これは、八坂瓊の勾玉、いえ、それの、レプリカですわね」
「ええ、ハイデルンが、柴舟氏を通じて庵の妹から贈られたものだから」
「まずはこれで抑えるといったところですわね、分かりました」
 何もかも理解した面持ちでエリザベートは踵を返す。
「ひとまずは失礼いたしますわ、いずれ日を改めて。その時はお互いの健闘を祈りましょう」
去っていったエリザベートを見送ったあとで、ややあってマリーも、
「まあ、お互いまずはやるべきことはいろいろあるでしょうね。とりあえずはハイデルンによろしくね」
 と言って、マリーも去っていく。残されたレオナは静かに満月を見上げる。
「・・・この勾玉、今はまだ白い、でもいずれは、その時は、私をどう導くの・・・・・」
 月は何も応えず、ただ静寂のみがレオナを包み込む。レオナは静かにその月をながめていた。次の指示が入るその時まで。

エージェントチーム
(ヴァネッサ セス ラモン)

その教会は炎に包まれていた。人々が懸命に消火にあたるが、建物は燃えるにまかせるのみであった。
 それを呆然と見守るだけの人々、その中にまだ赤子の妹を助けるようにと懇願する一人の少女がいた。しかしその願いに応えようとも、この炎の中、どうすることもできない。
 だが、炎の中から何かが飛び出した。それは赤子を抱いた、片目に大きな傷を負った少年であった。そして抱かれていた赤子には奇跡的に無傷だった。
 赤子を抱きしめる少女、それを見届けるとその少年はそのまま気を失う。

「あれから・・・20年か・・・・・」
 と、回想から覚めた男は視力を失った眼帯越しの右目を軽くさすりつつ呟く。しかし気がつくと背後にはヴァネッサがいたのだった。
「え、ヴァネッサ、いつの間にいたんだい・・・・・」
「あなたが物思いにふけっている間にね、まあ確かに珍しいことだけど」
 ヴァネッサの言に、ある意味ラモンは覚悟を決めていた、真実を語る覚悟を。
「・・・そういえば、ひとつ、聞いてもいいかしら」
 そのヴァネッサの問いを待っていたかのごとく、ラモンは神妙な面持ちで応えようとする。
「・・・ああ、何だい、ヴァネッサ」
「先の大会であなた、ネスツの女幹部に何か思い入れがあったようだけど」
「・・・参ったな、流石ヴァネッサ、何も隠せねえや」
 ラモンは軽口で応える。その返す軽口もどこか切ない。
「やはりね、ずっと前からの知り合いって見えたからね、よければ教えてくれないかしら」
「・・・ああ、俺もまさかネスツにいるとは思わなかったんだ。でもまあ、あいつは、何せ・・・・・」
 ふとラモンは眼帯に指を合わせる。
「俺の片目を奪った、憎い女さ・・・・・」
「・・・そう、だったの・・・・・」
 ヴァネッサもそれ以上何も言わなかった。

そのラモンとヴァネッサのやり取りから数刻前、セスはある人物を待っていた。
 その人物、ハイデルンがセスのもとに来た。まずはセスの方から口を開く。
「久しぶりだな、ハイデルン」
「うむ、久しぶりだ」
 別段再会を味わうでもなく少し間を置き、セスが続ける。
「こうやって依頼を受けるのも久しぶりだ、しかし今度は直接とは、状況はひっ迫している、というわけではなさそうだが」
「大局的に見て、ということだが」
「さもあらんな、今回は彼の地の者、だけではないからな」
 ふとセスは、前回の会合を思い出す。
 大西洋上の空母にてハイデルンの傭兵部隊と米軍との合同演習をカモフラージュとしての大会裏面に対しての会合が行われた。
 あの会合にて、駆逐艦1隻を彼の地の者によってであろうか、ともかく撃沈されてしまった。その際のセスたちの活動によって十数人の重傷者を出したが、結局死者を出さずに乗員全員を救出することができた。
「まあ、結果としては上出来だろうがな、おかげでこちらはいい迷惑だ」
「うむ、その迷惑ついで、今回は正式に協力を要請したい」
 ハイデルンが親書を渡す。その内容にはセス、ヴァネッサ、ラモンの3人の名前が書かれていた。
「協力か、まあ改まってということだが、そいつは喜んで受けるとしよう・・・・・」
「うむ、ひとまずの連絡事項はこれだけだ・・・・・」
 と言いつつ、ハイデルンは去ろうとする。しかし、
「・・・なあ、ハイデルン」
 セスの呼びかけにふとハイデルンは足を止める。
「あんたは今でも、バーンシュタインの調査をしているのか」
「・・・うむ・・・・・」
 それは予測した問いの応えだった。
「たしかに、今回ばかりはバーンシュタインなどは取るに足らないやもしれん。もっともいずれかの接触も考えられるが。まあそれはそうと」
 一呼吸置いてきぼりセスは続ける。それをハイデルンは緊張で見届ける。
「アーデルハイドとローザラーテの兄妹のことだが、まあたしかにあれらはルガールとは違う、あんたもそう信じたいだろうし、俺もそう思いたい」
「・・・・・」
 心なしかハイデルンも拳を握りしめる。
「だが、あの2人の父親がルガールだとしても、その配偶者、つまり彼らの母親の存在がついに確認できなかったんだ」
「それも、分かっている・・・・・」
 応えるハイデルンの声は沈痛だった。それはセスにも痛いほどに感じ入った。しかし続いて冷静な口調を取り戻したかのごとくハイデルンは続ける。
「いずれにせよ、ルガールを復活させるわけにはいかん、そのためにあの2人に兆しが現れるならば、それを止めねばならない。これはわたしの、ひいては我ら部隊の使命でもあるのだ」
 ハイデルンの応えにセスは、苦笑とともに一応の満足を覚える。
「・・・そうか、だったら俺たちの方でも出来る限り力を尽くさせてもらう。今回の依頼も同様にな。それじゃあ、お互い幸運を祈る」
 と、踵を返してセスは去っていく。その後ろ姿をハイデルンはいつまでも見届けた。

そのハイデルンの視線を背に、セスは心の中でつぶやく。
「復讐は何も生まない、だからこそ、か・・・・・」
 そしてややあって、セスは2人が待機しているホテルへと入る。

まりんチーム
(まりん オズワルド デュオロン)

まりんは不機嫌だった。次回のKOFに参加するべく先のメンバーを訪ねるも、影二とは連絡は取れず、藤堂家に赴くも香澄は不在、おまけに居合わせた母の志津子から小一時間説教を受けてしまった。
「・・・まったく、影二も香澄もいないなんてどういうことよ。おまけにお母さんには説教されるし、そりゃ、あたしだって武道家の端くれで、常に修行してるよ。でも野心をもってことを成しちゃだめって、そりゃ野心のみで闘ってるわけじゃないんだけど。でも、あたしだって・・・・・」
 帰り道、愚痴を呟きながら歩くまりんだった。
「ふふ、だいぶお困りのようですね」
「誰・・・・・?」
 応えるや否や物陰から何かが飛んできて地面に突き刺さる。まりんはふと後ろに退がる。避けた脇にも何かが突き刺さり、避ける要所要所にそれが繰り返された。
「これはトランプのカード、って、まさか」
「そのまさか、ですよ」
 まりんの目の前に襲いかかった人影、カーネフェルの使い手、オズワルドが現れた。
「・・・やっぱり、あんただったのね、オズワルドさん」
「あなたのおじい様にはいろいろ借りがありましたから、そのお礼ということですよ」
「まあ、やらなきゃいけないってことね・・・・・」
 数瞬のにらみ合いの後、2人は一気に飛びかかる。勝負は業と業のぶつかり合い傍目から見てもお互いの手が見えず、僅かな激突音と火花、そして辺りに散らばる刃が欠けた暗器と裂けたカードの残骸が激闘を物語っている。
 そしてまりんの苦内とオズワルドのスペードのA(エース)が互いの喉元をとらえる。その時、時間もまた停まったかのごとくだった。だがほどなくオズワルドが口を開く。
「どうやら腕は互角のようですね」
「ううん、年の功を考えれば、あたしの負けだから。それにやっぱ目が見えないことも考えれば、ね」
 と、まりんも少し疲れの色を見せて応える。
「ですが、よく成長されました。わたしが思うに、お祖父様を超えられましたね」
「うん、おじいちゃんまで出されちゃ、やっぱかなわないな」
 そしてお互いの苦内とカードを引く。
「それで、何か用があって来たわけね」
「その用というのは、あなたがよくご存じのはずですよ」
「ということは、まさか」
「・・・その、まさかだ」
2人の前に現れた男、今や飛賊の長たるデュオロンだった。
「あんたまで来るなんてね、やはりオズワルドさんに誘われたからかしらそれとも、まあ自分の意思で来たのはたしかね」
「フッ、さあな。詳しい話は後ろの者に聞くがいい」
そこには一人の欧米人が立っていた。ハイデルンの傭兵の一人であった。彼は恐る恐る近づいてくる。
「・・・多少俺が怖いか、確かに命を賭けるのと捨てるのとでは大違いだからな」
 デュオロンのつぶやきを流しつつ、その傭兵は3人に用件を告げる。
「ハイデルン司令からの要請です。デュオロン氏以下3名に。大会参加に並行し、遥けし彼の地より出ずる者たちの調査を、とのことです」
「やはりな、この件は俺にとっては面倒事だ。俺の目的はお前たちも分かっておるだろうて。されど、彼の地の者、それにアッシュ、いずれも捨て置くわけにはいかぬ。それにあれも介入することは薄いだろうからな。ここはひとつ付き合うことにしよう」
 デュオロンは応える。彼にとっては饒舌な方だと自らも思った。さらに続けて、
「そこで俺と組むのはこの2人か、まりんはともかく、オズワルド殿も俺と組むのは異存はないようだ」
「恐れ入りますな・・・・・」
 と、オズワルドも承諾の意を伝える。
「あたしも、異存はないよ」
 まりんも付け加える。もっともそれは流すことだろうとは思うが、一応は名乗りを上げようということで。
「決まりましたな。これで大会参加の大義はなったということです。わたしも今まで多くの血を流しましたが、ある意味世に役立てる仕事ができると思えば。まあそれはある意味、おじい様も望んだことでしょう、まりんさん」
「・・・うん」
「たしかに、武で名を挙げるという野心も必要かもしれませんが。武のなんたるかをしっかりと理解することも大切なことです・・・・・」
 こうして軽い説教ながらまりんに諭す。それは先に志津子から受けた説教と同じようなものだった。しかしまりんは素直に聞くことができた。
「武か、まあ下らぬことだが、それも悪くはないな」
 と、傍らで聞いていたデュオロンは再びつぶやく。
「え〜と、それではみなさま、ご承諾を得られたものですので、わたしはここで、みなさまもご武運を」
 と言いつつ、傭兵はそのまま去っていく。
「さて、俺もひとまずは、大会で会おう・・・・・」
 デュオロンも去る。そしてオズワルドも、
「まりんさんも、お身体にお気をつけて・・・・・」といずこかに去っていく。
 一人残されたまりんは夜もすっかり更けて星空がちりばめられた満天を見上げる。
「武の大義、か。まあひとまずは修行のしなおし、かな・・・・・」
 ひとまずは感慨にふけるまりんだった。

ジョンチーム
(ジョン・フーン 包 桃子)

「ここで間違いないよね」
「うん、でも道場ってきいたけど、なんかダンススタジオみたい」
 包(パオ)と桃子は静岡のジョン・フーンのテコンドー道場へと足を運んだ。
 ジョンの道場はテコンドーのレッスンをはじめ、その応用のストレッチ体操など多岐に渡り運営していた。
 やがて午後のレッスンが終わり門下生が帰った後で二人は道場へと入る。
 桃子が渡したアテナの手紙を読んで、ジョンは二人を一瞥し口を開く。
「大体のことはよく分かりました。まあわたしとしても子守りはあまり好きではありませんが、他ならぬアテナさんの頼みです。じっくりと面倒を見ましょう」
「はい、ありがとうございます」
「これからよろしくお願いします
 謝する二人にジョンはさりげなく話題を変える。
「うん、ところで二人とも夕食はまだのようですね」

「えっ、あ、はい・・・・・・」
「それはちょうどよかった。行きつけの店がありますので、二人ともよければ」
「はい、お言葉に甘えて」
「それでは、行きましょうか」
 と、ジョンに誘われるままに二人はついて行く。

それからというもの、二人はジョンの道場での修行の日々を送る。朝は道場の裏山の林、清流のせせらぎの中での精神の修行を、昼は道場で体術の修行を、夜はジョンと一緒に界隈の飲食店で夕食をと、日々心身を鍛えていく。
 そんなこんなである日の夜中、包はふと目を覚まし家を出て、裏山の林に入っていく。それに気が付いたジョンはこっそりとついて行き、様子を見る。
 林の中、包は深く静かに深呼吸をし、まるで何者かを待っているかのようだった。すると包の目の前に二人の人影が現れた、かつてのネスツ工作員筆頭・ミスティとかつての飛賊の長、龍(ロン)である。そんな二人を前に包は口を開く。
「やっぱりこの気配はおじさんのものだったね。今度は一体何の用?」
 包の口調は多少はおびえているようにみえるが、そんなには物怖じはしていなかった。
「そんなに怖がることはないわ。今回はあくまでも顔見せよ」
「・・・そう、確かにケリをつけたい者たちはいる。しかし、あれまで来られてはな・・・・・」
「ええ、“彼”が色々とかき回したおかげでね。こちらもやりにくくて困るのよ」
「・・・アッシュのお兄ちゃんのことだね」
「・・・・・」
 龍は沈黙で応える。しかしややあって重い口を開くのだった。
「・・・我らの源流、オロチも目覚めた、否、神器の者どもが封じ損ねたのだ」
「・・・・・」
 包にとっては初めて聞く名だった。そういえば自分が鎮に預けられる前にアテナたちが闘った強大な敵がいたと聞いたが。
 それでいて、その名にどこか覚えがある感がした。

「・・・まさか、知らない間にこんなことがあったなんて・・・・・」
 その時、包に自身も思いもよらぬ意志が沸き上がるのを感じた。その意志を龍にぶつけるように言い放つ。
「・・・僕のことは、いいけど、僕のまわりの人たちに、何かをするのは、許さないよ・・・・・」
 確かに包は怒っていた。その怒りの力を龍も傍らのジョンもひしひしと感じていた。しかしそれでいて包自身制御できる怒りであった。
「・・・わかっておる、今は手を出さぬ、今はな・・・・・」
 と、龍は姿を消す。それに伴いミスティもいずこかへと去っていく。残った包と傍らのジョンはともに肩を落とす。しかしすぐにジョンが一足先にこの場から離れようとする。
「今は詮索をしないほうがいいか、ここは見なかったことにしましょう」

 と、急いで家に戻る。
 一方の包も「このことはまだ話さない方がいいかな。余計な心配かけちゃいけないし」
 と、静かに家に戻る。

次の日、いつも通りに修業を始める上でジョンが提案をする。
「ところで、いずれ大会にあたるなら、わたしも本格的に付き合ってもよろしいですか」
 その提案には包はともかく桃子も賛成する。
「それはいいですよ。一通りこっちの修業は出来てるし、もう少し体術を鍛えてもいいかな」
「それはありがたい、体術ならば改めて手取り足取り教えて差し上げますよ」
「はい」
 と、ジョンを加えての本格的な修業に取りかかる運びとなった。

「ところで包くん、夕べ何かあったの」
「え、あ、うん、何か、眠れなくって・・・・・」
 包は半ばつまりぎみに応える。そこにジョンが桃子を見据えながら人差し指をゆっくり口元に立てる。
「う、うん、そうだね・・・・・」
 桃子もこれ以上は詮索をしなかった。まあもしもの時はアテナさんたちと相談しよう、と思いながら。
 少し間を置いて、ジョンか呼びかける。
「さて、少し早いですが、初めましょうか」
「はい」
 と二人はジョンについていく。そのうち包は小声でジョンに告げる。
「・・・ジョンさん、ありがとう・・・・・」
 ジョンもやはり小声で応える。
「ええ、どうも・・・・・」
 今の二人にはこの一言で十分だった。